人類はなぜ争い続けてしまうのか?
私は、その理由は「悪意」ではなく
生き残るための本能にあると考えています。
どんな時代でも、どんな場所でも
人は生きたいと思い、未来へ進もうとします。
その結果として、争いが生まれてしまったのではないのでしょうか。。
人類がアフリカを出た理由:生存のための選択
人類がアフリカを離れたのは
冒険心ではなく、資源が足りなくなったからだと考えています。
生きるためには食料が必要です。
資源が枯渇した土地では生きていけません。
新しい土地で資源が手に入ると
人々は安心し、そこに定住します。
しかし文明が発展すると
資源の消費量も増えていきます。
結果として、繁栄しては滅ぶという歴史を
繰り返してきたのだと思います。
定住か移動かー2つの生存戦略
人類は、生き延びるための戦略として
次の2つの集団に分かれていきます。
① 定住する集団
- 農業や資源管理で枯渇を回避する
- 成功すると文明が発展
- 失敗すると滅ぶか移動する集団へ変化する
② 移動する集団
- 常に新たな資源を求めて移動する
- 良い土地に出会えば定住へ
- 出会えなければ滅びる
さらに、資源が回復する周期を見つけ
同じルートをまわる集団も現れます。
どの戦略も生きるために必要だったという点では同じです。
価値観の分岐:生存戦略が文化を変える
生存戦略が違えば、
当然、育まれる常識や価値観も違ってきます。
- 定住する集団
→ 皆で協力して土地を守る/安定を重視 - 移動する集団
→ 先を急ぎ、強さや適応力を重視 - 過酷な環境の集団
→ 助け合いこそが生存の鍵になる
さらに、言葉や宗教も
その土地に合った形で独自に発展していきました。
「何が正しいか?」は
生まれた環境によって変わる。
ここに、後の争いの種が生まれます。
奪う者と守る者:争いの原点
資源が足りなくなった集団が
資源を持つ別の集団に近づきます。
しかし、言葉も価値観も違うため
「助けてほしい」の一言が伝わりません。
そして、奪う・奪われるの関係が生まれます。
奪われる側は
家族や生活を守るために戦う。
奪う側も
自分たちが滅びないために戦う。
どちらも、生きるため。
どちらも、ある意味では正しいのかもしれません。
この瞬間から、人類は
正義と正義のぶつかり合いによって
争い続ける歴史に踏み出してしまったのだと思います。
「正義」が進化した結果、戦争は止まらない
長い時間の中で
「隙を見せれば奪われる」という環境にいた集団は
強く戦える者ほど生き残るようになりました。
反対に
“他者を信じやすい者”は淘汰されていきます。
つまり、戦いの歴史が長い地域では
- 他者を信用しない
- 常に警戒する
- 自分を守るために攻撃する
こうした思考が「普通」になり
文化として受け継がれていきました。
だから、今日の争いも
実は昨日や今日に始まったものではなく、
何万年もの歴史が積み重なった結果なのです。
終わらない争い:“Aの正義 vs Bの正義”
争いはいつも
「悪 vs 正義」ではありません。
ほとんどの場合、
Aの正義 vs Bの正義
互いに自分こそが正しいと信じている。
その前提が違うから
永遠にすれ違ってしまう。
価値観がぶつかる限り
争いは終わらない——
私はそんな風に考えています。
結び:争いの歴史が示すこと
争いは「人の悪さ」ではなく
生きようとした努力の副作用なのだと思います。
だからこそ、もし未来に希望があるとしたら…
互いの正義を否定せず
「理解したい」と思う気持ちが
少しずつ積み重なっていくことなのかもしれません。


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