この記事の要約
本記事は、自然栽培セミナー第3回の学びをもとに、
ネオニコチノイド系農薬と環境リスクについて整理したレポートです。
ミツバチや水辺の生態系との関係、
「時間累積毒性」という評価の考え方、
日本とEUで異なる農薬規制の背景などを、中立的な視点でまとめています。
農薬の是非を単純に断じるのではなく、
生産・環境・消費のバランスの中で私たちは何を選ぶのか。
そして「自然栽培」が、議論の外側に用意される“もう一つの道”になり得るのか。
揺れる現実の中で、静かに問いを立てた回の記録です。
このレポートは、
自然栽培セミナー全15回を「もちまる視点」で追いかける連載企画の第3回です。
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→ もちまる自然栽培セミナー・全話まとめガイドはこちら
https://sanseitohow.com/natural-farming-series-2/
はじめに
本記事は、自然栽培セミナー第3回の内容を、
もちまる視点で「環境」と「農業」の関係に焦点を当ててまとめたレポートです。
テーマは、農薬の環境リスクをどう捉えるか。
とくに近年注目されているネオニコチノイド系農薬と、
水田や湖、ミツバチなどの生態系との関わり、
そして日本と海外で異なる農薬規制の考え方について学んだ回でした。
ここで扱う内容は、科学的な論争が続く分野でもあるため、
特定の立場に偏らず、あくまで「セミナーで紹介された情報」を、
私個人の視点を交えつつ整理しています。
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農薬と環境リスクをめぐる“問い”
前回のセミナーでは、
農薬と人の健康、免疫や腸内細菌との関係といった、
主に「身体の内側」の話が中心でした。
今回は視点を少し外側に向けて、
農薬が環境の中でどのように巡っていくのか に注目します。
水田から川へ。
川から湖へ。
湖から、魚や鳥、虫たちへ——。
こうして見ていくと、
農薬の影響は決して畑や田んぼの中だけで完結せず、
水と生きものを通じて、自然全体へとつながっていく可能性がある
ということが浮かび上がってきます。
今回のセミナーは、
そうした「環境の中の広がり」を丁寧に見つめ直す時間でした。
その中で、
とくに重要なキーワードとして繰り返し登場したのが、
ネオニコチノイド系農薬 です。
次章では、
このネオニコチノイドとは一体どのような農薬なのか、
その特徴と背景について整理していきます。
ネオニコチノイドとはどんな農薬か
ネオニコチノイド系農薬は、1990年代に開発された、比較的新しいタイプの殺虫剤です。
1993年に世界で初めて使用が始まり、現在までに7種類ほどの成分が実用化されています。
そのうち、いくつかは日本のメーカーによって開発されたものでもあります。
大きな特徴は、
- 水に溶けやすく、植物の体内に浸透する性質があること
- 葉や茎だけでなく、蜜や花粉にも移行する可能性があること
- 効果が長期間持続し、害虫防除の面では扱いやすい農薬であること
といった点です。
一方でこの「浸透性」と「持続性」は、
作物だけでなく、周辺の生態系にも影響が及ぶ可能性があるのではないか と注目されてきた理由でもありました。
つまり、ネオニコチノイドは
農業現場では非常に有用である一方、
環境中での“広がり方”について慎重な視点が求められてきた農薬
でもある、という位置づけになります。
セミナーでは、
この特徴が実際の自然環境とどう関わっているのかについて、
いくつかの研究事例が紹介されました。
次章では、その中でも象徴的なテーマとして取り上げられた、
- ミツバチの減少をめぐる議論
- 水辺の生態系に起きている変化
について、具体的なデータをもとに見ていきます。
ミツバチと水辺の生態系に何が起きているのか
セミナーでは、
ネオニコチノイドと生態系の関係について、複数の研究事例が紹介されました。
ミツバチとの関係が疑われた経緯
セミナーでは、
ネオニコチノイドと生態系の関係について、複数の研究事例が紹介されました。
ミツバチとの関係が疑われてきた経緯
1990年代以降、
世界各地で「ミツバチが減少している」という報告が相次ぐようになりました。
その原因として、
- 病原体の感染
- ダニなどの寄生虫
- 気候変動
- 農薬(とくにネオニコチノイド系)
など、複数の要因が重なっている可能性 が議論されてきました。
2017年に発表された国際的な調査では、
世界中から集めた はちみつサンプルの多くからネオニコチノイドが検出された と報告されています。
特に 西日本やヨーロッパの一部地域では、比較的高い濃度が検出されたケースも見られたそうです。
さらに、その後の地域比較研究などから、
ネオニコチノイドを使用している地域と、使用していない地域とで、
ミツバチの個体数や行動パターンに違いが見られる
というデータが積み重なり、
「ミツバチ減少の要因のひとつである可能性が高い」
という見方が次第に強まってきた、という説明がありました。
※ただし、
ミツバチの減少は 単一の原因で説明できるものではなく、あくまで複合的な要因の重なりである
という点も、セミナーでは繰り返し強調されていました。
宍道湖と水生生物の変化
国内の例として紹介されたのが、
島根県の 宍道湖(しんじこ) に関する調査です。
ネオニコチノイドが国内で使用され始めた
1993年前後を境に、
- 宍道湖の 動物プランクトン量が大きく減少
- それに続く形で、
ワカサギ・シラウオ・ウナギなどの漁獲量が
急激に落ち込んだ時期があった
というデータが示されていました。
水田で使用された農薬が、
用水路 → 河川 → 湖
という経路をたどって流入し、
そこで暮らす小さな生物に影響を与えている可能性が指摘されています。
もちろん、ここでも、
「農薬だけが唯一の原因だ」と断定できるわけではありません。
ただ、
- 使用開始のタイミング
- 生物減少の発生時期
この2つが 複数の地域で時期的に重なっている事例が見られる
という点は、
環境への影響を考えるうえで 無視できない重要なサイン として扱われていました。
こうした研究報告に共通して見えてきたのが、
単発的な“強い毒性”というよりも、
時間をかけて少しずつ積み重なる影響の可能性
という視点です。
そこで次の章では、
この問題の理解に欠かせない考え方として紹介された
「時間累積毒性」
という概念について、もう少し詳しく見ていきます。
ネオニコチノイドと「時間累積毒性」という考え方
環境リスクを評価する際、
農薬の毒性は基本的に 「一定時間の暴露試験」 によって調べられます。
たとえば水生生物に対しては、
- ある濃度の農薬に 96時間さらす
- 中毒や死亡が出ない最大量(無毒性量)を確認する
- そこから十分な安全率をかけて、基準値を設定する
といった方法が一般的に用いられています。
この方式は、
急性毒性や短期的な影響を把握するうえで非常に有効な評価手法でもあります。
しかし、見えてきた“別の性質”
セミナーでは、
ネオニコチノイド系農薬について、
「この評価方法だけでは捉えきれない側面があるかもしれない」
という研究の流れが紹介されました。
ネオニコチノイドには、
- 一度 生物の神経系の受容体に結合すると、
作用がすぐに消えず機能低下がしばらく残る - その状態で、さらにごく低濃度の暴露が重なると、
思った以上に影響が増幅する可能性がある
という性質が報告されているそうです。
「時間累積毒性」という視点
このように、
- 一度の短時間の接触では影響が確認されにくい
- しかし、低濃度の暴露が長期間くり返されることで、
徐々に影響が蓄積される可能性がある
という考え方を、
「時間累積毒性」
と呼んで紹介していました。
つまり、
単発の高濃度ばく露よりも、
低濃度の“積み重ね”のほうがリスクを生む場合もあり得る
という見方です。
これは すべての化学物質に当てはまるわけではありません。
現在も、
- どの物質に、どの程度当てはまるのか
- 影響がどれほど現実的なリスクになるのか
について、議論や検証が続いている段階です。
ただ、
生物の種類によって
ネオニコチノイドへの感受性が大きく異なることも報告されており、
「平均的なモデル生物のデータだけで評価した場合、
実際の生態系で起きている変化を
十分に捉えきれていない可能性があるのではないか」
——そんな問題意識が研究者の間で共有され始めている、
という点が紹介されていました。
こうした「時間累積」という視点は、
必ずしも環境だけの問題にとどまりません。
同じ考え方は、
- 食品を通じた摂取
- 日常生活での微量ばく露
など、人の健康リスクを考える場面にも重なってくるといいます。
そこで次章では、
ネオニコチノイドが 人の体に与える可能性のある影響 について、
これまでに報告されてきた医学的知見や事例を見ていきます。
人の健康への影響をめぐる報告
ネオニコチノイドに関しては、
生態系への影響だけでなく、
人の健康との関わりを示唆する報告 も少しずつ増えてきています。
セミナーでは、これまでに国内外で紹介されてきた事例として、
- 空中散布の後に、胸痛・動悸・息苦しさなどを訴える人が出たケース
- 飲料や果物の大量摂取後、
一時的に記憶障害のような症状が見られ、
摂取をやめると改善した、という報告 - ネオニコチノイドが
人の神経系の受容体に作用しうる可能性 を示した研究 - 成分が胎盤を通過し、胎児側にも移行しうることを示唆する実験データ
などが紹介されました。
ただし、これらはいずれも
「影響を示唆する報告」
の段階にあり、
- どの程度のばく露量で
- どのくらいの確率・重さの影響が出るのか
といった点については、
まだ詳細な検証が必要な領域とされています。
セミナーでも、
「リスクが存在する可能性と、
その実際の大きさ・確実性とは、
慎重に切り分けて考える必要がある」
という姿勢が強く示されていました。
それでも浮かび上がる、ひとつの現実
興味深い報告として、
有機農産物中心の食生活に切り替えた人の中には、
数週間〜数か月で体内の農薬濃度が低下していく
という測定データもある、という話が紹介されました。
この結果は、
「健康への直接的な影響の有無」を
単純に証明するものではありませんが、
少なくとも、
摂取量の違いによって、
体内への蓄積状況が変化し得る
という事実を示すデータではあります。
ここから見えてくるのは、
「危険か、安全か」という二択ではなく、
- 不安を感じる人が、自分の意思で回避できるか
- 情報をもとに、消費者が選択を行えるか
という “選べる環境そのものの重要性” です。
そして、この「選べるかどうか」という視点は、
国ごとの農薬ルールの差と、
そこにある社会的な価値観の違いへと、
自然につながっていきます。
なぜ日本では、
現在も多くの農薬が認可・使用され続けているのか。
一方、なぜEUでは、
より厳格な規制が選ばれてきたのか。
次章では、
「日本とEUで違う『農薬のルール』と価値観」
というテーマで、
この背景を少し引いた視点から見ていきます。
日本とEUで違う「農薬のルール」と価値観
セミナーでは、
日本と海外、特に EUとの農薬規制の考え方の違い についても詳しく触れられました。
たとえば、
- 認可されている殺虫剤・殺菌剤・除草剤の種類の数は、日本のほうがEUより多い
- 一部の農薬では、
EUやアメリカではすでに使用禁止や認可対象外となっているものが、
日本では使用可能で、残留基準が設定されているケースもある
といった点が紹介されました。
ネオニコチノイドをめぐるEUの動きとしては、
- 2014年:一部作物での使用制限
- 2018年:屋外での使用を原則禁止
- 規制後、てん菜などでウイルス病の被害が拡大し、収量が減少
- 代替農薬や防除技術の研究が進められているが、決定的な解決策はまだ開発途上
という経緯が説明されました。
ここで印象的だったのは、
欧州司法裁判所(CJEU)が2023年に示した判断 です。
その中で強調されたのが、
農薬による環境への影響が完全に解明されていなくても、
生態系や生物への負の影響が否定できない場合には、
予防的に環境保全を優先する
という 「予防原則」 の考え方でした。
つまりEUでは、
リスクが“不確実”であっても、
- 万が一の影響をできるだけ避けること
- 環境保護や消費者保護を優先すること
に重きを置く、という姿勢が制度として選ばれている、ということです。
一方、日本の状況は少し異なります。
- 病害虫の種類や発生状況がEUと大きく違うこと
- 温暖・多湿な気候条件
- 集約的な栽培体系
といった事情から、
EUと同じ厳格な規制をそのまま適用することは難しい という現実もあるそうです。
結果として、
- 「生産者の暮らしと安定供給をどう守るか」
- 「環境や消費者へのリスクをどこまで抑えるか」
という二つの価値のバランスの取り方が、
日本とEUではやや異なった方向に形成されてきた、と感じました。
どちらが正しいという単純な話ではなく、
何を優先する社会を選ぶのか
という 価値観の違いが、
農薬のルールに反映されている ようにも見えました。
「輸出用の規制」と「国内向けの現実」
この議論の延長線上で、
もうひとつ印象的だったのが、
日本の農産物の輸出と農薬基準 をめぐる話です。
農林水産省は、
各国の残留農薬基準値を詳しく公開していますが、
その理由はとても実務的なものでした。
輸出を行う際には、
相手国の基準を満たしていなければ、
そもそも輸出ができない
というルールがあるためです。
その結果、
- 輸出向けの農産物は、
欧米など相手国の厳しい基準に合わせて栽培・管理される - 一方で、国内向け農産物については、
日本の基準がそのまま適用される
という、
いわば 「二重構造」 が実務の現場で存在している、
という説明がされていました。
この話を聞いて、
私の中に静かに浮かんだのは、こんな問いでした。
日本の消費者が思い描いている「安心・安全」と、
現実の基準とは、
どれくらい一致しているのだろうか?
もちろん、
日本の農薬基準が「危険」であると断定できるわけではありません。
けれど、
- 海外とは異なる基準が採用されていること
- 輸出品と国内流通品で管理基準が分かれている現実があること
これらを知ったことで、
私たち消費者が、
どの基準に基づいた食品を食べているのかを、
あらためて考える必要があるのではないか
という思いが、強く残りました。
もちまるが感じたこと──自然栽培という“もう一つの答え方”
ここからは、あくまで もちまる個人の感想 です。
今回のセミナーを通して、強く感じたのは、
- 環境リスクの問題は、
「良い/悪い」「危険/安全」という二択では語れないこと - 国や地域によって、
何を最優先するかという価値観が大きく異なること - 規制を強めれば、
環境や消費者は守りやすくなる一方で、
生産現場の負担が増し、供給そのものが不安定になる
という、避けられない トレードオフの構図 でした。
ヨーロッパでは、
多少収量が落ちても、
環境や生態系への負荷を抑えることを優先する
という選択がなされているように見えます。
一方、日本では、
安定した供給と価格を維持しつつ、
現実的な範囲でリスクを管理していく
という姿勢が、制度の随所に反映されているように感じました。
どちらが正しい、という話ではなく、
「どのリスクを、どこまで受け入れる社会を選ぶのか」
その判断が、国や文化によって異なっているのだと思います。
自然栽培は、議論の“外側”にある選択肢かもしれない
3回のセミナーを通じて、
私が自然栽培について感じているのは、
病虫害を“敵”として薬で抑え込むのではなく、
その天敵や、生態系の働きによって
バランスを整えていくという発想
だということです。
具体的には、
- 農園の中に、天敵を含む多様な生物が暮らせる環境を整える
- 生まれ、生き、死んでいく循環そのものが土を育てる
- 肥料や農薬を外から足すのではなく、
「循環システムそのもの」を育てていく
という考え方です。
もちろん、この仕組みを整えるには
少なくとも3年程度の時間がかかる と言われています。
すぐに結果が出る農法ではありません。
しかし、循環が立ち上がり、生態系が豊かになってくると、
化学肥料や農薬に頼らなくても、
慣行栽培に近い収量を目指せる可能性が見えてきている
という話も、とても印象に残りました。
もし自然栽培が、
現実的な選択肢として少しずつ広がっていけば、
「農薬を使うか、使わないか」という
白黒の二者択一の議論から距離を取り、
そもそも「使わなくて済む仕組みを増やしていく」
という、もうひとつの方向へ
静かに舵を切ることもできるのかもしれません。
今回のセミナーで学んだのは、
農薬をめぐる議論とは、
誰が正しいかを決めるための闘いではなく、
どの選択肢を、
社会としてどこまで支えるのかを考える場なのだ
ということでした。
自然栽培は、その中で
小さいけれど、確かな “もう一つの道”
として存在しているのかもしれません。
そんなことを、
3回目のセミナーを終えた帰り道、
静かに考えていました。
▶ 次回につづく
第4回
「農業と温暖化の知られざる関係。化学肥料を学んだ日」第3回では、
- 農薬と生態系の関係
- 時間累積毒性という考え方
- 日本とEUで異なる規制の価値観
といった、環境リスクと“安全”の揺らぎを見つめてきました。
次回はテーマをさらに広げ、
- 化学肥料と温室効果ガスの関係
- 農業が排出源になるという構造
- 地球温暖化と“食べ物づくり”の意外な接点
を学びながら、
「農業と気候変動」が実は深く結びついている現実を掘り下げていきます。▶ 第4回のレポートを読む
https://sanseitohow.com/agriculture-climate-fertilizer/


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