この記事の要約
本記事は、自然栽培セミナー第12回の内容をもとに、
水田における自然栽培の技術を、どのように扱うのか
というテーマについて学んだことをまとめたレポートです。
これまで理論として学んできた
窒素固定や有機物分解の仕組みを前提に、
水田という具体的な現場では、
- 田植前の土壌乾燥
- 有機物の分解と供給
- 除草による環境条件の調整
といった要素を、
どのように技術として考え、管理していくのかが整理されました。
本記事では、
自然栽培を水田で実現していくための
考え方の軸や条件の捉え方 に焦点を当て、
第12回の内容を順を追ってまとめています。
このレポートは、
自然栽培セミナー全15回を「もちまる視点」で追いかける連載企画の第12回です。
▼ この連載をまとめて読む
→ もちまる自然栽培セミナー・全話まとめガイドはこちら
https://sanseitohow.com/natural-farming-series-2/
はじめに
本記事は、自然栽培セミナー第12回の内容をもとに、
「水田における自然栽培の技術」という視点からまとめたレポートです。
これまでのセミナーでは、
自然栽培がどのような考え方や理論の上に成り立っているのかを、
土壌や微生物、循環といった要素を通して段階的に学んできました。
第12回は、そうした知識を前提にしながら、
それらを水田という具体的な現場で、どのように技術として扱っていくのか
という点に焦点が当てられた回だったと感じています。
自然栽培の集大成というよりも、
自然栽培を水田で実現していくための
考え方や管理の軸が整理された回
と捉える方が近いかもしれません。
理論として理解してきた内容が、
水田管理という実践の文脈の中で、
どのように位置づけられ、
どこに注意点があるのか。
そうした点を、
技術の話として具体的に学んでいく講義でした。
私は実際に水田での栽培経験があるわけではありませんが、
これまで学んできた知識が、
「現場ではこう考えられているのか」という形で
少しずつ結びついてきたように感じています。
本記事では、その理解の整理を目的として、
第12回で示された水田自然栽培の技術的な考え方を、
順を追ってまとめていきます。
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第11回「自然栽培の現状と未来。経営の視点から持続可能性を学んだ日」
https://sanseitohow.com/natural-farming-sustainability-management-11/
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第13回「自然栽培はどう成立するのか?畑における技術の全体像を学んだ日」
https://sanseitohow.com/natural-farming-field-technology-13/
無農薬栽培を成立させると、必然的に「窒素固定」に行き着く
自然栽培という言葉から、
まず「無肥料」や「微生物」といった要素を思い浮かべる方も多いかもしれません。
しかし、今回のセミナーでは、
水田における自然栽培を考える入口として、
まず「無農薬栽培」を成立させるという視点 が置かれていました。
無農薬栽培が難しい理由は「病害虫」ではない
無農薬栽培というと、
- 病害虫が増えそう
- 作物が弱りそう
といったイメージを持ちがちです。
ただ、講義の中で強調されていたのは、
病害虫そのものよりも、
それを招いてしまう土壌環境のほうが本質的な問題だ
という点でした。
特に問題になるのが、
窒素が過剰に供給されている状態 です。
窒素が多い環境では、
病原菌や腐生菌が優位になりやすく、
作物は病気や腐敗を起こしやすくなるまた、害虫も窒素を求めて集まりやすくなる
つまり、
農薬を使わずに作物を育てようとすると、
病害虫を「抑え込む」以前に、
そうした存在が増えにくい環境をつくる必要がある
という考え方になります。
無農薬を目指すと、無肥料を避けられなくなる
ここで自然に出てくるのが、
肥料の問題 です。
化学肥料によって窒素を供給すると、
- 作物は一時的によく育つ
- しかし同時に、
- 病原菌
- 腐生菌
- 害虫
が優位になりやすい環境もつくられてしまいます。
このため、
無農薬栽培を現実のものにしようとすると、
化学肥料に依存しない、
つまり「無肥料」という選択が
事実上、前提条件になってくる
という整理が示されていました。
これは、
「思想として無肥料を選ぶ」というよりも、
無農薬を成立させようとした結果、
無肥料に行き着く
という位置づけに近いように感じました。
しかし、無肥料のままでは作物は育たない
一方で、
無肥料にすればすべて解決するわけではありません。
作物が生育するためには、
どうしても 窒素 が必要になります。
- 葉や茎をつくる
- 光合成を進める
- 収量を確保する
これらはすべて、
窒素なしでは成り立ちません。
ここで問題になるのが、
無肥料で、窒素はどこから供給されるのか
という点です。
肥料を入れない以上、
外部から窒素を持ち込むことはできません。
それでも作物が育っている水田が、
実際に存在している。
では、その窒素は
どこで、どのようにつくられているのか。
無肥料栽培を支える前提条件としての「窒素固定」
この問いに対して、
セミナーで繰り返し示されていたのが、
無肥料栽培を成立させているのは、
土壌中で起きている
生物的窒素固定 という仕組みである
という考え方でした。
無農薬を成立させようとすると無肥料に行き着き、
無肥料を成立させようとすると、
窒素固定が回る環境づくりが不可欠になる。
「無農薬 → 無肥料 → 窒素固定」という流れは、
工程の順番というよりも、
成立条件が連なっていく構造
として説明されていたように思います。
では、その生物的窒素固定とは、
具体的にどのような仕組みなのか。
次章では、
無肥料栽培を支える前提条件としての
生物的窒素固定の仕組み について、
もう一段、踏み込んで整理していきます。
無肥料を支える「生物的窒素固定」という仕組み
前章では、
無農薬栽培を成立させようとすると無肥料に行き着き、
その無肥料栽培を支える前提として、
窒素固定 という仕組みが避けて通れない、という整理をしました。
では、その生物的窒素固定とは、
いったい何が起きている現象なのでしょうか。
大気中の窒素は、そのままでは使えない
まず押さえておく必要があるのは、
窒素は大量に存在していても、そのままでは作物が使えない
という点です。
大気の約8割は窒素ガス(N₂)ですが、
この形の窒素は非常に安定していて、
植物は直接吸収することができません。
作物が利用できるのは、
- アンモニア態窒素
- 硝酸態窒素
といった、
別の形に変換された窒素 だけです。
通常の農業では、
この変換を「肥料」という形で人が担っています。
しかし無肥料栽培では、
この役割を 土壌中の微生物 が担うことになります。
生物的窒素固定とは何か
生物的窒素固定とは、
微生物が大気中の窒素ガスを、
アンモニアなどの形に変換する反応 のことです。
講義では、反応式として次のようなものが示されていました。
N₂ + 8H⁺ + 8e⁻ + 16ATP
→ 2NH₃ + H₂ + 16ADP
細かい式を覚える必要はありませんが、
ここから読み取れる重要なポイントは一つです。
窒素固定は、非常にエネルギーを使う反応である
ということです。
ATPというエネルギー通貨を大量に消費して、
初めて窒素はアンモニアに変換されます。
つまり窒素固定は、
微生物にとって「楽な仕事」ではありません。
なぜ、肥料があると窒素固定は進まないのか
ここで、第1章の話とつながってきます。
もし土壌中に、
- アンモニア態窒素
- 硝酸態窒素
が十分に存在していれば、
微生物はどう振る舞うでしょうか。
わざわざエネルギーを使って、
大気中の窒素を固定する必要はなくなります。
講義では、次のように説明されていました。
窒素固定は、
「できるからやる」反応ではなく、
やらざるを得ない状況で初めて起きる反応
肥料によって窒素が供給されている環境では、
窒素固定はむしろ 抑えられる方向 に働きます。
このため、
- 無肥料であること
- 土壌中が窒素欠乏状態に近いこと
が、
窒素固定が起こるための前提条件になります。
無肥料栽培を支える「もう一つの窒素供給源」
無肥料栽培において重要なのは、
「窒素を全く使わない」ことではありません。
むしろ、
窒素の供給源を、
外部投入から土壌内の循環へ切り替える
という点にあります。
生物的窒素固定が回り始めると、
- 大気中から窒素が供給され
- 土壌中でアンモニアとして利用され
- 作物の生育に使われる
という流れが生まれます。
高収量の自然栽培水田では、
この窒素供給が、
長期にわたって安定して続いていることが
データとして示されていました。
一方で、
低収量の水田では、
同じ無肥料であっても、
この流れが十分に機能していません。
窒素固定は「あるか・ないか」では決まらない
ここで重要なのは、
窒素固定細菌が存在しているかどうか
ではない、という点です。
窒素固定を行う細菌は、
- 慣行水田
- 自然栽培水田
どちらにも、もともと存在しています。
それにもかかわらず、
- ある水田では窒素固定が活発に起き
- 別の水田では、ほとんど起きない
という差が生まれる。
この違いを分けているのは、
微生物の「数」や「種類」ではなく、
その場の環境条件 でした。
窒素固定は、
人が直接「やらせる」ものではなく、
条件がそろったときに、
自然に起きる反応である
という説明は、
今回の回全体を貫く重要な前提だったように思います。
では、その「条件」とは何なのか。
次章では、
窒素固定を左右する要素を、
資源と条件 という視点から整理しながら、
なぜ管理の仕方で結果が大きく変わるのかを見ていきます。
窒素固定は「管理」ではなく「条件」で動く
前章では、
無肥料栽培を支える仕組みとして
生物的窒素固定 が存在していることを整理しました。
しかし、
窒素固定という反応が「できる」ことと、
実際に水田で「起きている」ことの間には、
大きな差があるように感じました。
今回のセミナーで繰り返し強調されていたのは、
この点でした。
窒素固定は「やらせる」ものではない
窒素固定という言葉から、
- 特定の菌を増やす
- 何か特別な資材を入れる
といった「操作」を想像してしまいがちです。
しかし講義では、
そうした発想に対して、
かなり慎重な整理がなされていました。
窒素固定は、
人が直接コントロールする反応ではない条件がそろったときに、
自然に起きる現象である
つまり、
窒素固定を「起こそう」とするのではなく、
起きざるを得ない環境をつくる
という考え方が前提になります。
「資源」と「条件」という二つの管理軸
ここで示されていたのが、
窒素固定を考えるうえでの
二つの管理軸です。
① 資源(消費されるもの)
資源とは、
微生物の活動によって消費されていく要素です。
たとえば、
- 有機物(エネルギー源)
- 原材料としての窒素ガス
などがこれにあたります。
これらは使われれば減っていくため、
供給の仕方 が重要になります。
② 条件(消費されないもの)
一方で条件とは、
微生物が活動するための
場の性質 にあたるものです。
- 土壌のpH
- 水分状態
- 酸素の有無
といった要素は、
基本的に消費されるものではありません。
しかし、
この条件が合っていなければ、
いくら資源があっても、
窒素固定は進みません。
窒素固定に必要とされる条件
講義では、
生物的窒素固定が進む条件として、
次のような点が整理されていました。
・反応を進めるためのエネルギー源があること
・土壌中にアンモニア態窒素が少ないこと
・酸素が少ない(嫌気的な)環境であること
・リン酸が不足していないこと
ここで重要なのは、
これらが 「努力目標」ではない
という点です。
- 有機物を入れれば、必ず進むわけではない
- 嫌気にすれば、必ず起きるわけでもない
あくまで、
複数の条件が重なったときに、
結果として窒素固定が現れる、
という位置づけでした。
条件が変われば、結果は大きく変わる
同じ無肥料、
同じ作物、
同じ地域であっても、
- 窒素固定がよく進む水田
- ほとんど進まない水田
がはっきり分かれる。
その差を生んでいるのは、
資材の違い以上に、
条件の違い でした。
特に水田では、
- 水の有無
- 土壌の乾き具合
といった、
一見単純に見える要素が、
微生物の働き方を大きく左右します。
ここまで整理してくると、
次の疑問が自然に浮かびます。
水田という環境の中で、
窒素固定の条件を最も大きく左右しているものは何なのか。
その答えとして、
今回のセミナーで
何度も繰り返し取り上げられていたのが、
田植前の土壌乾燥 でした。
次章では、
なぜ「一度乾かす」ことが、
水田の自然栽培において
決定的な意味を持つのか。
有機物分解や微生物の働きと結びつけながら、
もう一段、具体的に見ていきます。
水田で決定的な意味を持つ「田植前の土壌乾燥」
前章では、
窒素固定は人が直接操作するものではなく、
条件が整ったときに自然に起きる反応 であることを整理しました。
では、水田という環境において、
その条件を大きく左右している要素は何なのか。
今回のセミナーで、
繰り返し強調されていたのが、
田植前の土壌乾燥 でした。
「水田は水を張るもの」という前提を一度外す
水田と聞くと、
常に水が張られている状態を思い浮かべがちです。
しかし、
自然栽培の水田では、
田植前に一度しっかり土壌を乾燥させる
という工程が、
非常に重要な意味を持つと説明されていました。
これは、
単なる作業上の都合や、
慣行的な水管理の話ではありません。
土壌中で起きている微生物の働き方そのものを切り替える操作
として位置づけられていました。
湿った土壌では、稲はあまり育たない
講義では、
同じ条件で管理した水田を比較したデータが示されていました。
- 湿潤状態のまま管理した水田
- 田植前に乾燥させた水田
この二つを比べると、
乾燥させた水田のほうが、
- 稲の成長量が大きい
- 葉身中の窒素濃度が高い
という傾向が、
はっきりと見られたそうです。
数字そのものを断定的に受け取る必要はありませんが、
少なくとも、
「乾かしたほうが、明らかに育ちが良い」
という差が出ていた、
という点は印象的でした。
乾燥が促しているのは「有機物の分解」
なぜ、
水を抜いて乾かすだけで、
これほど差が出るのでしょうか。
その理由として説明されていたのが、
有機物分解の進み方の違い です。
湿った土壌では、
- 酸素が入りにくい
- 真菌(糸状菌)の活動が制限される
その結果、
稲わらなどの食物繊維が、
糖類まで十分に分解されない
という状態が起きやすくなります。
一方で、
田植前に土壌を乾燥させると、
- 土壌中に空気が入り
- 酸素が供給され
- 真菌の活動が活発になる
この結果、
食物繊維の分解が一気に進みます。
「乾燥してから水を入れる」ことの意味
ここで重要なのは、
乾燥した状態のまま稲を育てる、
という話ではない点です。
講義では、
一度乾燥させた土に、
その後、水を入れて田植えを行う
という流れが、
繰り返し強調されていました。
乾燥によって、
- 有機物が分解され
- 糖類や中間生成物がつくられ
その状態で水を入れることで、
今度は嫌気的な環境が生まれ、
別の微生物が働き始めます。
つまり、
田植前の乾燥は、
微生物の働く「段階」を切り替えるための準備
として機能している、
という整理になります。
乾燥の有無が、窒素固定まで届くかを分ける
ここまでの話をまとめると、
- 湿ったままの土壌
→ 有機物分解が途中で止まりやすい - 一度乾燥させた土壌
→ 分解が先まで進みやすい
という違いが生まれます。
そしてこの差が、
最終的に窒素固定までたどり着けるかどうか
を大きく左右します。
有機物を入れても、
- 分解が途中で止まれば
→ エネルギーが供給されない - 分解が十分に進めば
→ 窒素固定が動き出す
田植前の土壌乾燥は、
この分かれ道に関わる、
非常に重要な条件だったように感じました。
では、
その有機物分解は、
土壌の中でどのように進んでいるのか。
次章では、
有機物分解の「リレー」 という視点から、
真菌と細菌がどのように役割を分担し、
窒素固定までつながっていくのかを、
もう少し詳しく見ていきます。
有機物分解の「リレー」が、窒素固定まで届くかを決める
前章では、
田植前の土壌乾燥が、
有機物分解を進める重要な条件であることを整理しました。
ただし、有機物分解は、
「分解される/されない」という
単純な二択ではありません。
今回のセミナーでは、
水田土壌の中で起きている分解過程を、
段階的なリレー として捉える視点が示されていました。
有機物分解は、いくつもの段階を経て進む
水田に投入される有機物、
たとえば稲わらの主成分は、
食物繊維(セルロースなど)です。
この食物繊維は、
最終的にいきなり窒素固定に使われるわけではなく、
次のような段階を経て分解されていきます。
食物繊維
→ 糖類
→ アルコール
→ 酢酸・水素
→ 窒素固定
ここで重要なのは、
窒素固定が起こるのは、このかなり後半の段階
だという点です。
途中のどこかで分解が止まってしまえば、
窒素固定までたどり着くことはありません。
分解の前半を担うのは「真菌」
この分解リレーの前半で、
重要な役割を果たしているのが、
真菌(糸状菌) です。
真菌は、
- セルロース
- リグニン(木質成分)
といった、
細菌だけでは分解しにくい有機物を、
酵素を使って分解する能力を持っています。
特に、
食物繊維を、
微生物が使える「糖」の段階まで分解する
という役割は、
真菌がいなければ進みにくい工程です。
そのため、
- 土壌が常に湿っている
- 酸素が供給されない
といった環境では、
真菌の働きが制限され、
分解が初期段階で止まりやすくなります。
分解の後半を担うのは「細菌」
真菌によって分解が進み、
糖類が供給されると、
次に活躍するのが 細菌 です。
細菌は、
- 糖類をアルコールへ
- アルコールを酢酸や水素へ
と、
より低分子の物質へと分解を進めていきます。
この段階で生まれる、
- 酢酸
- 水素
が、
窒素固定を行う細菌のエネルギー源
になります。
つまり、
真菌が「ほどき」、
細菌が「使い切る」
という形で、
役割分担がなされている、
という整理でした。
最終段階で働く細菌と、窒素固定
有機物分解の最終段階では、
次のような微生物が関わってくると説明されていました。
- 鉄還元菌
- 硫酸還元菌
- メタン関連の微生物
これらの一部は、
窒素固定能力を持つ細菌 でもあります。
重要なのは、
有機物をたくさん入れたかどうかではなく、
その有機物が、
酢酸・水素の段階まで
きちんと分解されているかどうか
という点です。
分解が途中で止まれば、
窒素固定に使われるエネルギーは生まれません。
湿った土壌では「リレー」が途中で止まる
ここまでの話を踏まえると、
第4章で触れた
土壌乾燥の意味 が、
よりはっきりしてきます。
- 湿った土壌
→ 真菌が働きにくい
→ 分解が糖まで届かない - 乾燥を経た土壌
→ 真菌が働きやすい
→ 分解が後半まで進みやすい
この差が、
有機物分解のリレーが
最後までつながるかどうか を分けています。
そして、その結果として、
- 窒素固定が活発に起きる水田
- ほとんど起きない水田
という違いが生まれてくる、
という説明でした。
では、この分解リレーの違いは、
実際の水田では
どのような形で現れているのでしょうか。
次章では、
高収量水田と低収量水田を比較したデータ をもとに、
特に「ワラの周辺」で起きている違いに注目しながら、
分解力と窒素供給の差を見ていきます。
高収量水田と低収量水田を分ける“ワラ周辺”の違い
前章では、
有機物分解が段階的な「リレー」として進み、
そのリレーが最後までつながるかどうかが、
窒素固定の成否を分けていることを整理しました。
では、その違いは、
実際の水田では
どのような形で現れているのでしょうか。
今回のセミナーでは、
高収量水田と低収量水田を比較したデータ が示され、
その差が非常にわかりやすい形で紹介されていました。
ワラの分解速度に、はっきりとした差がある
まず示されたのが、
田植え後のワラの分解割合を比較したデータです。
田植え時点を「1.00」とした場合の、
時間経過による分解割合は、次のようになっていました。
・低収量水田
1.00 → 0.78 → 0.59 → 0.43・高収量水田
1.00 → 0.75 → 0.49 → 0.35
数字そのものを厳密に評価する必要はありませんが、
ここから読み取れるのは、
- 高収量水田のほうが、
ワラの分解が一貫して速い
という点です。
つまり、
同じワラが入っていても、
分解の進み方そのものが違っている、
ということになります。
窒素は「土全体」ではなく「ワラの周辺」に集まる
さらに興味深かったのが、
土壌中の窒素量を、
ワラの近くと、ワラがない場所 で比較したデータです。
土壌窒素量(mg/g土)
・高収量水田(ワラ有) :11
・高収量水田(ワラ無) :2・低収量水田(ワラ有) :5
・低収量水田(ワラ無) :2
この結果から見えてくるのは、
- ワラがない場所では、
高収量・低収量の差はほとんどない - 差が出ているのは、
ワラの周辺 である
という点です。
つまり、
高収量水田では、
ワラの分解が進み、
その周辺で窒素固定が活発に起き、
窒素が局所的に集積している
という構造が見えてきます。
「有機物を入れたか」ではなく「分解できたか」
このデータを第5章の話と重ねると、
重要な点がはっきりしてきます。
それは、
高収量水田と低収量水田の差は、
有機物を入れた量ではなく、
有機物を分解しきれたかどうか にある
ということです。
ワラはどちらの水田にも存在しています。
それでも、
- 分解が最後まで進む水田
- 分解が途中で止まる水田
で、
結果としての窒素供給力に、
大きな差が生まれていました。
分解力の差は「管理の上手さ」だけではない
ここで注意したいのは、
この違いを
単純に「管理が上手か下手か」で
片づけられない点です。
講義では、
同じように無肥料・無農薬で管理していても、
土地条件によって、
分解の進みやすさには大きな差が出る
という点も、
強調されていました。
つまり、
- どんな土地か
- どんな気候条件か
によって、
同じ技術でも、難易度が大きく変わる
ということです。
ここまで見てくると、
次の疑問が自然に浮かびます。
なぜ、同じ管理をしていても、
土地によって結果がここまで変わるのか。
次章では、
積雪地帯と非積雪地帯の違いなど、
気候条件や土地条件 に注目しながら、
自然栽培水田の技術が持つ「前提条件」について、
もう一段整理していきます。
気候と土地条件で、技術の難易度は大きく変わる
前章では、
高収量水田と低収量水田の差が、
ワラ分解や窒素供給の違いとして現れていることを見てきました。
ただし、
その違いを単純に
「管理が良い/悪い」で片づけてしまうのは、
少し乱暴なようにも感じます。
今回のセミナーでは、
気候条件や土地条件によって、
自然栽培水田の技術難易度は大きく変わる
という点が、繰り返し強調されていました。
日本の稲作は、地域差が非常に大きい
日本の稲作環境を大きく分けると、
一つの分かれ目になるのが、
- 日本海側の積雪地帯
- 太平洋側・西日本の非積雪地帯
という区分です。
この違いは、
単に冬の寒さの問題ではありません。
水田管理の観点では、
土壌が自然に乾くかどうか
という点で、決定的な差が生まれます。
積雪地帯では「乾かしたくても乾かない」
積雪地帯では、
- 冬の間、雪に覆われる
- 春の雪解け水が長く残る
という条件が重なります。
その結果、
田植え前になっても、
水田がなかなか乾かない
という状況が起きやすくなります。
第4章で見てきたように、
田植前の土壌乾燥は、
有機物分解と窒素固定をつなぐ重要な条件です。
この乾燥が十分に取れないと、
- 真菌の活動が進みにくい
- 有機物分解が途中で止まりやすい
- 結果として、窒素固定まで届かない
という連鎖が起こりやすくなります。
講義では、
北日本に低収量の自然栽培水田が多く見られる理由として、
こうした背景が挙げられていました。
非積雪地帯では、別の課題が出てくる
一方で、
太平洋側や西日本の多くの地域では、
- 冬期に雪が少ない
- 比較的、土壌が乾きやすい
という条件があります。
この場合、
田植前の乾燥そのものは、
それほど大きな問題にならないことも多いようです。
ただし、その代わりに、
出穂期以降の生育を、
どう維持するか
という別の管理課題が出てきます。
つまり、
- どの地域でも同じポイントが難しいわけではない
- 地域ごとに、つまずきやすい工程が異なる
という整理になります。
土地条件によっては、有機物の扱いも変わる
さらに講義では、
土壌そのものの性質 による違いにも触れられていました。
たとえば、
- 砂地が多い水田
- 土壌炭素量がもともと低い水田
では、
- 有機物が蓄積しにくい
- 窒素固定のエネルギー源が不足しやすい
といった問題が起こりやすくなります。
こうした土地では、
乾燥や除草を丁寧に行っても、
有機物が足りなければ、
なかなか収量が上がらない
というケースも紹介されていました。
逆に、
- もともと有機物がある程度ある土地
では、
外部から有機物をほとんど入れなくても、
土壌乾燥と雑草防除だけで、
比較的早い段階から収量が安定する
という事例もあるそうです。
技術は「同じことをする」ことではない
ここまでの話をまとめると、
自然栽培水田の技術は、
- どの地域でも同じ
- どの土地でも同じ
というものではない、
ということが見えてきます。
むしろ、
自分の水田では、
どの条件がボトルネックになりやすいのか
を見極め、
そこに力を注ぐ技術だと感じました。
そして、
多くの地域に共通して重要になるのが、
雑草管理 です。
雑草は、
- 作物との競争相手であると同時に
- 窒素循環にも大きく関わる存在
として、
今回のセミナーでは位置づけられていました。
次章では、
除草を単なる「雑草対策」としてではなく、
窒素固定を促進するための作業
という視点から、
もう一段、掘り下げて見ていきます。
除草は、雑草対策であると同時に窒素固定の促進作業
自然栽培の水田管理というと、
どうしても話題の中心になりやすいのが 除草 です。
雑草が多い、
除草が大変、
自然栽培は草との闘い――
そうしたイメージを持っている方も多いと思います。
ただ、今回のセミナーでは、
除草は単なる「雑草対策」ではなく、
窒素固定を回すための重要な管理作業
として位置づけられていました。
雑草は、窒素をめぐる「競争相手」でもある
まず基本的な前提として、
自然栽培の水田では、
外部から窒素を投入しません。
そのため、
- 供給される窒素量は限られている
- 窒素を誰が使うかが、生育を大きく左右する
という状況になります。
このとき、
雑草が先に窒素を吸収してしまうと、
稲の生育は大きく抑えられる
という問題が起こります。
稲の初期生育が遅れると、
- 稲が雑草に競争で負ける
- 雑草の中に稲が埋もれる
といった状態になりやすく、
結果として収量も低下します。
この意味で、
除草はまず、
稲に窒素を優先的に使わせるための作業
という位置づけになります。
田面水の攪乱が、環境条件を変える
今回の講義で、
もう一つ強調されていたのが、
除草による田面水の攪乱 が
水田の環境条件そのものに影響を与える、
という点でした。
水田の土壌では、
- 下層の還元的な環境で、有機物が分解され
- その過程でメタンが発生する
ことが知られています。
このメタンをエネルギー源として利用する
メタン分解菌 が存在し、
それらの細菌の中には、
窒素固定に関与するものがいる、
という説明がありました。
除草による攪乱が意味を持つ理由
田面水が静かな状態のままだと、
- 空気中の酸素(O₂)
- 窒素固定の原料となる窒素(N₂)
の供給が制限されやすくなります。
ここで、
除草機やチェーン除草などによって
田面水を攪乱すると、
空気中のO₂やN₂が水田に入りやすくなり、
メタン分解菌の活動が促進される
という効果がある、
と説明されていました。
特に印象的だったのは、
稲の初期生育期だけでなく、
穂が出る前の7月頃にも攪乱を行うことで、
稲の生育が目に見えて変わる場合がある
という具体的な話です。
この時期は、
- 有機物由来のエネルギー供給は続いている
- 一方で、窒素供給が制限されやすい
という条件が重なりやすく、
田面水の攪乱によって
空気由来の窒素が供給されることで、
生育が改善するケースがある、
という説明でした。
除草は「やりすぎる作業」ではない
ここまでの話を整理すると、
除草は、
- 雑草を抑えて、稲との窒素競合を防ぐ
- 田面水を攪乱し、
窒素固定が起こりやすい条件を整える
という、
二つの意味を持つ管理作業
として位置づけられます。
もちろん、
- 除草をすれば必ずうまくいく
- 攪乱さえすれば窒素固定が進む
という単純な話ではありません。
有機物の分解が進んでいること、
田植前の土壌乾燥が行われていること、
土地条件が大きく外れていないこと――
そうした前提があって、
初めて除草の効果が活きてきます。
それでも今回のセミナーを通して、
除草が単なる「草取り」ではなく、
水田の環境条件を動かす、
積極的な技術の一部
として位置づけられている点は、
非常に印象的でした。
ここまで見てくると、
水田自然栽培の技術は、
多くの要素が絡み合っているようでいて、
実は いくつかの重要なポイントに集約できる
ようにも感じられてきます。
次章では、
今回のセミナー内容を踏まえて、
水田自然栽培における技術を
三つのポイント に整理していきます。
水田自然栽培の技術は、実は3点に集約される
ここまで、
水田における自然栽培の技術について、
窒素固定、有機物分解、土壌乾燥、除草、
気候条件や土地条件といった要素を、
順を追って見てきました。
扱ってきた内容は多岐にわたりますが、
今回のセミナーを通して感じたのは、
水田自然栽培の技術は、
思っていたほど「やることが多い」わけではない
という点です。
むしろ、
押さえるべきポイントは、
かなりはっきりと整理されていました。
水田自然栽培を支える三つの技術ポイント
講義の中で示されていた内容を整理すると、
水田自然栽培の技術は、
大きく次の三点に集約できるように思います。
① 田植前までの土壌乾燥
② 有機物の確保(必要に応じた投入)
③ 機械除草を中心とした除草管理
これらは、
それぞれ独立した技術というよりも、
互いに強く結びついた条件
として機能しています。
① 田植前までの土壌乾燥
一つ目は、
繰り返し取り上げてきた
田植前の土壌乾燥 です。
これは、
- 有機物分解を進める
- 真菌の働きを引き出す
- 窒素固定まで届くための準備を整える
という意味で、
水田自然栽培の土台となる条件でした。
どれだけ他の管理を丁寧に行っても、
この工程が抜けると、
その後の循環が立ち上がりにくくなる。
今回のセミナーでは、
そうした位置づけが、
かなり明確に示されていたように感じます。
② 有機物の確保(必要に応じた投入)
二つ目は、
有機物の量と質 です。
無肥料栽培という言葉から、
「何も入れない」ことを想像しがちですが、
講義ではむしろ、
窒素固定を回すためには、
エネルギー源となる有機物が不可欠
という説明が繰り返されていました。
ただし重要なのは、
- 量を入れれば良いわけではない
- 分解できる形で存在しているかどうか
という点です。
土地によっては、
もともとの有機物量が十分で、
外部からほとんど投入しなくても
循環が回り始める場合もあります。
一方で、
有機物が乏しい土地では、
条件づくりとして
一定の投入が必要になることもある。
ここでも、
「一律の正解」があるわけではなく、
土地条件に応じた判断 が求められていました。
③ 機械除草を中心とした除草管理
三つ目が、
除草管理 です。
除草は、
- 雑草との競争を防ぐ
- 稲に窒素を優先的に使わせる
という意味だけでなく、
- 田面水を攪乱し
- 窒素固定が起きやすい条件を整える
という、
環境管理としての役割も持っていました。
特に、
- 初期生育期
- 穂が出る前の7月頃
といったタイミングでの管理が、
収量に影響する可能性がある点は、
技術として非常に具体的だったように思います。
「三つしかない」わけではないが、「三つが外せない」
ここまで整理してみると、
水田自然栽培の技術は、
- やることが極端に多いわけではない
- しかし、どれも欠けると循環が回らない
という性質を持っているように感じます。
また、
三つのポイントが分かれば簡単にできる
という話でもない
という点も、
今回のセミナーでは強調されていました。
気候条件や土地条件によって、
それぞれの難易度は大きく変わりますし、
同じ技術でも、
結果が出るまでに時間がかかる場合もあります。
それでも、
何が重要で、
どこに力を注ぐべきかが分かっていれば、
無意味な労力を減らすことができる
という意味で、
今回示された整理は、
非常に実践的なものだったように感じました。
ここまでが、
自然栽培セミナー第12回で扱われた
水田自然栽培の技術的な整理 です。
次の最終章では、
これらを踏まえたうえで、
私自身が感じたこと、
現時点での理解や距離感について、
個人的な感想としてまとめていきます。
もちまるの感じたこと(個人的感想として)
今回の第12回は、
これまでのセミナーで学んできた内容を前提に、
それらを 水田という具体的な場面では、どのように技術として扱うのか
という点に焦点が当てられた回だったと感じています。
理論から「扱い方」へ視点が切り替わった回
自然栽培については、
これまで思想や理論、循環の仕組みといった話が多く、
「なぜそうなるのか」という理解を積み重ねてきました。
第12回では、その理解を土台にして、
水田ではどこに注意し、
どの条件を優先して整えていくのか
という 実践を見据えた考え方 が、
かなり具体的に示されていたように思います。
特別な技術ではなく、基本管理の積み重ね
印象的だったのは、
水田自然栽培の技術が、
- 特別な資材
- 目新しい方法
- 一発で結果が出る操作
によって成り立っているのではなく、
- 土壌乾燥
- 有機物分解
- 除草
といった、
一つ一つは基本的に見える管理の積み重ね で構成されている点です。
ただし、それは
「単純で分かりやすい」という意味ではなく、
条件の読み取りを間違えると、
うまく循環が立ち上がらない
という難しさも、
同時に含んでいるように感じました。
条件によって難易度が大きく変わるという現実
特に印象に残ったのは、
土地条件や気候条件によって、
- 同じ技術でも
- 同じ考え方でも
難易度が大きく変わる
という点です。
これは、
これまで学んできた理論を
現実の農業に引き戻す視点として、
強く印象に残っています。
実践者ではない立場から感じたこと
私は、
- 水田を所有しているわけでもなく
- 稲作の経験もありません
そのため、
今回学んだ内容を
すぐに実践できる立場ではありません。
それでも、
- 稲作の年間の流れ
- 慣行栽培の基本的な工程
を理解したうえであれば、
今回の自然栽培の考え方を
どこに、どう組み込んでいくのか
は、
少しずつイメージできるようになってきました。
「無農薬・無肥料」の裏側が、技術として見えてきた
無農薬・無肥料という言葉の裏側にある、
- 窒素固定
- 有機物分解
といった仕組みが、
水田では どのような条件設定として扱われているのか。
その一端を、
理論ではなく 技術の言葉 として学べたことが、
今回の回の大きな収穫だったように思います。
第12回の位置づけについて
第12回は、
自然栽培の学びが終わったというよりも、
これまで積み重ねてきた理解が、
具体的な技術の話へと移っていく段階に入った
その 最初の回 だった、
という位置づけがしっくりきます。
今回整理した内容は、
あくまで水田にフォーカスした一例であり、
自然栽培全体を捉えきったわけではありません。
それでも、
理論として学んできたことが、
現場ではこのように扱われている
という感触を持てたことは、
今後の理解を深めていく上で、
一つの足がかりになったように感じています。
この段階での理解を大切にしながら、
引き続き学びを進めていきたいと思います。
▶ 次回レポート
第13回
「自然栽培はどう成立するのか?畑における技術の全体像を学んだ日」第12回では、
水田という環境を舞台に、
自然栽培の考え方を
どのように技術として整理するのか、という視点から、
- 水田特有の環境条件と微生物の働き
- 畑とは異なる水管理と分解プロセス
- 理論を水田の現場にどう当てはめるか
といった点を手がかりに、
水田自然栽培の技術的な扱い方を見てきました。前回の内容を通して、
自然栽培は
作物や場所が変わっても共通する原理を持ちながら、
環境ごとに着目すべき条件が異なる、
ということが少しずつ見えてきたように感じます。では、
水田と畑という二つの環境を見てきた今、
次に考えたくなるのは、自然栽培の技術全体を、
どのような構造として理解すればよいのか
という点ではないでしょうか。次回・第13回では、
これまでのセミナー内容を踏まえ、
畑における自然栽培技術を、
- 土地条件
- 土壌と微生物の働き
- 分解と窒素固定の循環
- 時間軸という視点
から整理し、
自然栽培がどのような仕組みで成立しているのかを、
全体像として捉え直していきます。これまで積み重ねてきた学びを、
一度俯瞰しながら整理する回です。▶ 第13回のレポートを読む
https://sanseitohow.com/natural-farming-field-technology-13/


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