この記事の要約
本記事は、自然栽培セミナー第7回の内容をもとに、
「肥料を入れないのに、なぜ作物は育つのか?」
という素朴な疑問を、土壌微生物と窒素循環の視点から整理したレポートです。
慣行栽培や有機栽培が、
外部から肥料を投入することで作物を育てるのに対し、
自然栽培は 土壌そのものを「生態系」として捉え、その働きを引き出す農業
であることが、データや事例を交えて解説されました。
特に本記事では、
- 自然栽培が「非投入型農業」と呼ばれる理由
- 土壌微生物の多様性と、生物群集がもつ機能
- 「生物を入れる」のではなく「環境を変える」という考え方
- 無肥料条件で窒素が供給され続ける仕組み
- 微生物の「浪費型」と「倹約型」という対照的な戦略
といったポイントを通して、
自然栽培が感覚論ではなく、環境制御に基づいた“技術”である
という理解へと話が進んでいきます。
「肥料を減らす」のではなく、
「土と生態系の働きをどう設計するか」。
その発想の転換が、自然栽培の核心であることが見えてくる回です。
このレポートは、
自然栽培セミナー全15回を「もちまる視点」で追いかける連載企画の第7回です。
▼ この連載をまとめて読む
→ もちまる自然栽培セミナー・全話まとめガイドはこちら
https://sanseitohow.com/natural-farming-series-2/
はじめに
本記事は、自然栽培セミナー第7回の内容を、もちまる視点で
「自然栽培と有機栽培は、何がどう違うのか」に焦点を当てて整理したレポートです。
テーマは一言でいえば、
“外部からの投入”で支える農業から、畑の生物群集(生態システム)の働きを引き出す農業へ
という視点でした。
ここで扱う内容は、栽培方法の優劣を決めつけたり、特定の立場を批判したりするものではありません。
セミナーで紹介された考え方やデータをもとに、
- 何が「投入型」で、何が「非投入型」なのか
- 自然栽培が目指すものは、単なる“ゼロ投入”ではなく何なのか
を、できるだけ誤解のない形で見取り図としてまとめていきます。
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第6回「JAS有機はなぜ広がらないのか。日本の気候と“投入型農業”を学んだ日」
https://sanseitohow.com/jas-organic-japan-limits/
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第8回「どの種を選ぶかで、農業は変わる。自然栽培に適した品種を学んだ日」
https://sanseitohow.com/natural-farming-seeds-varieties/
投入型農業と非投入型農業という整理
セミナーではまず、現代の農業を理解するための入口として、
農法を「投入」という観点から大きく二つに分ける整理が提示されました。
投入型農業:外から入れて、作物を押し上げる
投入型農業とは、肥料や資材を外部から入れることで、作物の生育を支える考え方です。
代表例としては、
- 慣行栽培:化学肥料をベースに生育を押し上げ、必要に応じて合成農薬で管理する
- 有機栽培:堆肥など有機資材をベースに養分を補い、認められた資材で病害虫を管理する
といった方向性が挙げられていました。
ここで重要なのは、「化学か/有機か」というラベルの違い以上に、
**どちらも基本構造としては“外部投入で生産力を支える”**という点です。
そしてセミナーでは、投入によって生育が強く進む一方で、条件や設計によっては
病害虫の発生リスクが増えやすくなる側面があることも、合わせて示唆されていました。
非投入型農業:畑の中の“働き”で、作物を支える
一方で、自然栽培は「非投入型農業」として整理されます。
- 肥料の代わりに:土壌微生物の働きを通じた地力の発揮
- 農薬の代わりに:生物多様性に基づく病害虫の抑制(天敵・拮抗など)
つまり自然栽培が目指しているのは、
「入れないこと」そのものというよりも、
畑の中にある生態システムの機能をどう引き出し、どう維持するか
という方向だ、という整理でした。
また、作物によって
- 肥料的な効果が収量に直結しやすい作物
- 病害虫の管理が成否を左右しやすい作物
があるため、非投入型の“効き方”も一律ではなく、
作物ごとにポイントが変わるという話も印象的でした。
では、非投入型農業の鍵になる「土壌」とは、そもそも何なのでしょうか。
次章では、土壌をめぐる見方として紹介された
「農学的な土壌観」と「生態学的な土壌観」という二つの視点から、話を整理していきます。
土壌に対する二つの見方──農学的視点と生態学的視点
セミナーでは、自然栽培と有機栽培の違いを理解するための前提として、
「土壌をどう捉えるか」という視点の違いが強調されました。
大きく分けると、土壌には次の二つの見方があります。
① 農学的な土壌観──作物を支える「土台」としての土壌
一つ目は、従来の農学で主流となってきた考え方です。
この視点では、土壌は主に、
- 作物の根を支える物理的な空間
- 肥料を保持し、作物に供給する媒体
として捉えられます。
そのため、
- 作物を育てるには、必要な養分を外部から投入することが前提になる
- 肥料設計や施肥量の管理が、生産性を左右する中心的な技術になる
という発想につながっていきます。
現在の大学農学部のカリキュラムも、
この農学的な土壌観をベースに組み立てられていることが多い、という説明がありました。
この枠組みの中では、
「肥料を入れないで安定した収量を得る」という発想そのものが、
なかなか成立しにくいのも自然なことだと言えます。
② 生態学的な土壌観──生き物の集合体としての土壌
もう一つが、生態学的な視点です。
この見方では、土壌は単なる“土のかたまり”ではなく、
- 微生物を中心とした、無数の生き物が関わり合う生態系
- その内部で、養分の生成・分解・循環が行われている「動的なシステム」
として捉えられます。
この視点に立つと、
- 肥料は「外から与えるもの」だけではない
- 微生物の働きによって、土壌の内部で養分が生み出される可能性がある
という考え方が見えてきます。
セミナーでは、
自然栽培の研究や実践が農学の世界で広がりにくい理由の一つとして、
農業を「生態系」として見る視点に切り替えること自体が、
研究や教育の面で大きな壁になっている
という指摘もありました。
視点の違いが、農法の違いを生む
ここまでを整理すると、
- 農学的視点
→ 肥料投入を前提に作物を管理する - 生態学的視点
→ 生物の働きを引き出し、内部循環で作物を支える
という違いが浮かび上がります。
自然栽培は、
単に「肥料を使わない栽培法」というよりも、
土壌をどう見るか、農業をどう理解するかという“前提そのもの”が違う
という点に、本質があるのだと感じました。
では、生態学的に見たとき、
土壌の中で実際に何が起きているのでしょうか。
次章では、
生物群集(コミュニティ)とは何か、
そして多様性・ネットワーク・適応変化という三つの特徴から、
自然栽培を支える「生き物たちの社会」をもう少し具体的に見ていきます。
生物群集という「制御対象」
自然栽培を生態学的に捉えるとき、
中心に据えられていたのが 「生物群集(コミュニティ)」 という考え方でした。
生物群集とは、
ある場所に存在する生き物を単体で見るのではなく、
- 微生物
- 植物
- 昆虫
- 小動物
などが、**相互作用しながらつくる“ひとつの社会”**として捉える視点です。
セミナーでは、生物群集には大きく三つの特徴があると説明されていました。
① 構造──多様なメンバーで成り立つ社会
生物群集の第一の特徴は、多様性です。
土壌の中には、
- 細菌
- 糸状菌
- 放線菌
- 原生動物
など、非常に多様な微生物が存在しています。
重要なのは、
それらの多くが常に活発に働いているわけではないという点です。
- 多くの微生物は休眠状態にある
- 環境条件が整ったときに、一部の微生物が活動を始める
つまり、土壌は常に、
「潜在的に多様なメンバーを抱えた状態」
にあり、
どのメンバーが前に出るかは、環境次第だということです。
② 機能──つながりが生み出す働き
生物群集の第二の特徴は、機能です。
この機能は、
- 食物網(エネルギーや養分の流れ)
- 生物同士の相互作用(競争・共生・拮抗)
といったネットワークによって生み出されます。
個々の生物の能力よりも、
- 誰と誰がつながっているか
- どんな関係性が張り巡らされているか
が、
その畑全体の性質を決めていく、という考え方です。
自然栽培では、
- 病原菌が増えにくい
- 害虫が大発生しにくい
といった現象も、
特定の生物の力ではなく、生物群集全体のバランスとして説明されていました。
③ 適応変化──環境によって社会が入れ替わる
三つ目の特徴が、適応変化です。
生物群集は固定されたものではなく、
- 気温
- 水分
- 栄養状態
- 酸素の有無
といった環境条件の変化によって、
優位になるメンバーが入れ替わっていく性質を持っています。
たとえば、
- 寒冷な地域では針葉樹が優勢
- 温暖な地域では広葉樹が優勢
になるように、
生物は常に環境に応じて分布や構成を変えています。
この「入れ替わり」が起こることで、
- 生物群集の構造が変わり
- ネットワークが変わり
- 結果として、畑の“性格”そのものが変わる
という流れが生まれます。
自然栽培における「制御」とは何か
ここまでの話を踏まえると、
自然栽培における「制御」とは、
- 特定の微生物を増やすこと
- 害虫だけを狙って排除すること
ではありません。
むしろ、
どんな生物群集が成立するかを左右する「環境条件」をどう設計するか
が、制御の本質だということになります。
つまり、
自然栽培の技術とは、
- 生物を直接コントロールする技術ではなく
- 生物が自ら選別され、働く環境を整える技術
だと理解できそうです。
では、ここでひとつ疑問が浮かびます。
もし生物群集が重要なら、
「有用な微生物を外から入れればいいのでは?」
という発想も出てきそうです。
しかし、セミナーでは、
- 生物をそのまま移植する方法には限界がある
- むしろ「環境を変えること」の方がはるかに効果的
という点が強調されていました。
次章では、
なぜ自然栽培では「生物を入れる」より「環境を変える」ことが重視されるのか、
その理由をもう一段深く掘り下げていきます。
なぜ「生物を入れる」より「環境を変える」のか
生物群集という視点に立つと、
自然と浮かんでくる疑問があります。
「有用な微生物が重要なら、それを外から入れればいいのではないか?」
実際、農業の現場では、
- 微生物資材
- 土壌改良菌
- 発酵菌や有用菌の散布
といった方法が、長く試みられてきました。
しかし、セミナーではこの点について、
かなり慎重な説明がされていました。
生物は「置けば働く」存在ではない
まず前提として強調されていたのは、
生物は、単独では機能しない
という点です。
微生物であっても、
- すでにその土壌に存在する微生物
- 養分をめぐる競争相手
- 空間や資源の奪い合い
といった関係の中で生きています。
そのため、
- 外から持ち込まれた微生物が
- 既存の生物群集との競争に勝てず
- 定着しないまま消えてしまう
というケースは、決して珍しくありません。
一時的に数が増えたように見えても、
環境が適していなければ、
長期的な効果にはつながらないという説明でした。
生物群集を動かすのは「環境」
では、どうすれば生物群集を望ましい方向に導けるのか。
その答えとして示されていたのが、
環境条件を変えることで、生物群集そのものを変化させる
という考え方です。
生物は、
- 温度
- 水分
- 酸素
- 栄養状態
といった条件に応じて、
適応できるものだけが増えていく性質を持っています。
これは、たとえば、
- 気候変動によって植生分布が変わる
- 外来種が定着する地域としない地域がある
といった現象とも、同じ原理です。
「移植」より「選別」が起こる仕組み
自然栽培では、
- 特定の微生物を直接増やそうとする
- 天敵を意図的に投入する
といったやり方よりも、
- その環境に合った生物が
- 自然に選ばれ、増えていく
状態をつくることが重視されます。
環境が変われば、
- それまで目立たなかった微生物が活動を始め
- ネットワークの構成が変わり
- 畑全体の性質が少しずつ変化していく
という流れが生まれます。
つまり、
自然栽培における「制御」とは、
生物を操作することではなく、
生物が自ら働き出す条件を整えること
だと整理できます。
非投入型農業は「環境制御の技術」
このように見ていくと、
自然栽培は、
- 肥料や農薬を使わない農法
というよりも、
栽培環境を変えることで、生物生態系を制御する技術
として位置づけられていました。
ここで重要なのは、
「何もしていない」のではなく、
- 何を足さないか
- どんな条件を維持するか
を意図的に選んでいる点です。
では、ここで次の疑問が浮かびます。
環境を変えるだけで、本当に作物は育つのか?
特に、肥料を入れずに収量を維持できるのか?
そのカギとして、
セミナーで繰り返し登場したのが、
「窒素循環」というテーマでした。
次章では、
無肥料条件でも作物が育ち、
場合によっては慣行栽培に近い収量が得られる理由を、
土壌と微生物による窒素の循環という視点から見ていきます。
無肥料でも収量が出る理由──窒素循環の話
自然栽培を考えるうえで、
多くの人が最初に抱く疑問が、
「肥料を入れなければ、作物は育たないのではないか?」
というものです。
特に、作物の生育に欠かせない栄養素である
窒素については、その印象が強いかもしれません。
窒素は「不可欠だが、土にはほとんど存在しない」
セミナーではまず、窒素の基本的な性質が整理されました。
- 窒素はアミノ酸・タンパク質の構成要素
- 光合成や代謝を担う酵素もタンパク質でできている
- そのため、窒素が不足すると作物の生育は大きく制限される
一方で、
- 土壌中には、窒素は鉱物としてほとんど存在しない
- 地球上の窒素の大半は、大気中の窒素ガス(N₂)として存在している
という特徴もあります。
ここから、
「では、その窒素はどこから供給されているのか?」
という問いが生まれます。
無肥料条件での窒素供給を支える三つのプロセス
自然栽培では、
外部から窒素肥料を投入しない代わりに、
土壌内部の微生物プロセスが重要な役割を担います。
セミナーで示されていたのは、主に次の三つです。
- 窒素固定
土壌中の窒素固定細菌が、
大気中の窒素ガス(N₂)をアンモニア態窒素(NH₄⁺)に変換する - 無機化
落ち葉や枯草などの有機物に含まれる窒素を、
微生物が分解してアンモニア態窒素として放出する - 有機化
微生物がアンモニア態窒素(NH₄⁺)を自らの成長・増殖のために消費する
その結果、土壌中の無機態窒素濃度が低下する
ここで重要なのは、
有機化は「窒素を土にためる作用」ではないという点です。
有機化とは、
微生物が窒素を取り込み、自身の体をつくることで増殖するプロセス
であり、
その過程では植物が使える窒素は一時的に減少します。
この状態は、一般に
**「窒素飢餓」**と呼ばれることもあります。
自然栽培では、なぜそれでも窒素が不足しないのか
ここで疑問が浮かびます。
「微生物が窒素を消費してしまうなら、
作物はますます窒素不足になるのではないか?」
セミナーでは、この点について
非常に重要な説明がありました。
長期無肥料の自然栽培水田では、
- 微生物による窒素固定量が高い
- 有機物分解と窒素固定がバランスよく進む
- 結果として、植物が利用できる窒素供給が安定する
という現象が確認されています。
実際、
- 高水準の自然栽培水田では
慣行栽培水田よりも窒素固定能が約1.5倍高い
というデータも紹介されました。
つまり、
- 微生物が窒素を消費して増殖する一方で
- 別の微生物が空気中から窒素を固定し続ける
という動的な均衡が成り立っている、ということです。
肥料投入が、この循環を止めてしまう理由
ここで、慣行栽培との決定的な違いが見えてきます。
微生物にとって、
- 窒素固定は
多くのエネルギー(ATP)を消費する大変な作業 - 環境中にアンモニア態窒素が十分にある場合、
わざわざ窒素固定を行う必要はない
という性質があります。
そのため、
- 窒素肥料を投入する
→ 微生物は窒素固定を行わなくなる - 無肥料状態が続く
→ 窒素固定を行える微生物が優位になる
という選別が、時間をかけて起こります。
自然栽培では、
「窒素が足りないからこそ、
窒素を生み出す能力が引き出される」
という、直感とは逆の現象が起きていると整理できます。
ここまでの話で、
- 無肥料でも窒素は供給されうる
- その鍵は、微生物による窒素固定と有機化・無機化のバランス
- そして、どのタイプの微生物が優位になるかが重要
ということが見えてきました。
では次に、
なぜ自然栽培の土壌では、
病原菌や腐敗菌が増えにくいのか?
なぜ、有機栽培よりも作物が「腐りにくい」ことがあるのか?
その答えとして提示されていたのが、
**微生物の「窒素をめぐる戦略の違い」**です。
次章では、
微生物を
- 窒素を多く要求し、消費の激しい「浪費型」
- 窒素を効率的に使い、低窒素環境に適応した「倹約型」
という視点で整理し、
自然栽培の土壌で起きている変化を、
さらに深く掘り下げていきます。
微生物の「浪費型」と「倹約型」
第5章では、
無肥料条件でも窒素が供給され続ける理由として、
- 窒素固定
- 無機化
- 有機化
という、土壌微生物による循環が働いていることを見てきました。
ここでセミナーは、さらに一歩踏み込み、
「どのような微生物が、その環境で優位になるのか」
という視点を提示します。
窒素をめぐる、微生物の二つの戦略
土壌微生物は、
窒素の利用の仕方によって、大きく二つのタイプに分けられる
という整理が紹介されました。
浪費型の微生物
- 窒素要求量が高い
- 環境中に窒素が多いほど、急速に増殖する
- 呼吸(代謝)が活発で、有機物の分解が速い
- 病原菌・腐敗菌に多いタイプ
このタイプの微生物は、
- 慣行栽培土壌
- 有機栽培で窒素分の多い堆肥が大量に投入されている環境
で優位になりやすいと説明されました。
倹約型の微生物
- 窒素要求量が低い
- 窒素の少ない環境でも生き延びられる
- 代謝は比較的ゆっくり
- 非病原性微生物、発酵菌、内生菌などに多い
こちらは、
- 長期無肥料の自然栽培土壌
- 低窒素・高炭素条件
で優位になるタイプです。
「どちらが良いか」ではなく、「どちらが増えるか」
ここで重要なのは、
浪費型が悪で、倹約型が善である
という話ではありません。
セミナーで繰り返し強調されていたのは、
微生物は、与えられた環境に適応して増えるだけ
という点です。
- 窒素が豊富な環境をつくれば、浪費型が増える
- 窒素が乏しい環境を維持すれば、倹約型が残る
つまり、
人間が行っている施肥や管理が、
どの微生物を“選んでいるか”
という見方ができます。
病気や腐敗が起きにくくなる理由
この整理は、
自然栽培でよく語られる現象とも結びつきます。
たとえば、
- 無肥料・無農薬の水田で、いもち病が出にくい
- 自然栽培の作物は、腐敗の進行が遅い
といった事例です。
セミナーでは、これを
- 窒素の少ない植物体には、
窒素を多く必要とする病原菌が定着しにくい - 同じ理由で、
窒素要求量の高い腐敗菌も増えにくい
という形で説明していました。
実際に、
- 自然栽培の作物
- 慣行栽培の作物
- 有機栽培の作物
を同条件で保存し、
腐敗の進み方を比べた試験では、
自然栽培 > 慣行栽培 > 有機栽培
の順で腐りにくい、という結果も示されました。
これは、
- 有機栽培では畜産系堆肥などにより
植物体内の窒素濃度が高くなりやすい
という点とも関係していると考えられます。
農薬を使わずに病害虫が抑えられる背景
同じ構図は、害虫についても当てはまります。
多くの害虫は、
- 窒素を多く含む、やわらかい植物体を好む
とされており、
- 窒素濃度の高い慣行栽培の作物
- 窒素過多になりがちな有機栽培の作物
に集まりやすい傾向があります。
一方、自然栽培では、
- 植物体内の窒素濃度が低めに保たれる
- 天敵となる昆虫や微生物が生き残りやすい
という条件が重なり、
「農薬を使わないのに、被害が比較的少ない」
という状況が生まれやすくなる、という整理でした。
微生物を「入れる」のではなく、「選ばせる」
ここまでの話を踏まえると、
自然栽培の核心が見えてきます。
それは、
- 有用微生物を外から投入することではない
- 環境条件を変えることで、
もともと土にいる微生物の中から
望ましい群集が“選ばれる”状態をつくる
という考え方です。
EM農業など、
微生物を外部から入れる手法との違いも、
ここにあります。
自然栽培では、
生物を操作するのではなく、
環境を操作することで、生態系の振る舞いを変える
というアプローチが取られています。
ここまで見てきたように、
- 自然栽培は「肥料をやめること」そのものが目的ではない
- 低窒素・高炭素という環境条件をつくり
- 微生物群集の構成と機能を制御することで
病害虫・腐敗・収量の問題を同時に扱っている
という姿が浮かび上がってきました。
これは、
経験や精神論だけで成立する農法ではなく、
生態学・微生物学に基づいた「設計された技術」
だと言えそうです。
次章では、
なぜ自然栽培は
「昔ながらの農法」ではなく、
「これからの農業技術」として位置づけられるのか
という点を整理しながら、
自然栽培が「新しい技術」である理由
について、セミナー全体を俯瞰する形でまとめていきます。
自然栽培は「新しい技術」である
ここまで見てきた内容を通して、
セミナーが一貫して伝えていたメッセージは、とても明確でした。
自然栽培は、
「昔ながらのやり方に戻ろう」という話ではない。
むしろ、
投入型農業の限界が見えてきた今だからこそ、
あらためて“技術として再構築されつつある農法”
だという位置づけです。
投入をやめることが目的ではない
自然栽培というと、
- 無肥料
- 無農薬
という言葉が強調されがちです。
しかしセミナーでは、
それ自体がゴールなのではなく、
- 施肥や農薬に頼らなくても成り立つ
- 生態系の機能が働く環境をどう設計するか
という点に、技術の本質があると説明されていました。
言い換えれば、
「何を入れるか」ではなく、
「どういう環境をつくるか」
が問われている農法だと言えます。
生物を直接操作しない、という選択
慣行栽培や有機栽培では、
- 肥料で栄養を直接与える
- 農薬で病害虫を直接抑える
という「直接的な制御」が中心になります。
一方、自然栽培では、
- 窒素を入れない
- 有機物の質と量を調整する
- 土壌環境(炭素・水分・酸素状態)を整える
ことで、
結果として、
望ましい微生物群集や生物多様性が成立する状態をつくる
という、間接的な制御が行われます。
これは、
- 微生物の進化
- 生態系の競争と適応
といった、生物の基本原理を前提にした考え方です。
自然栽培は「生態系制御技術」
セミナーの内容を総合すると、
自然栽培は次のように整理できそうです。
- 作物を直接コントロールする技術ではない
- 土壌と生物群集の「振る舞い」をコントロールする技術
- 長期的な時間軸で機能するシステム設計
その意味で、
自然栽培は、
「投入をやめた農業」ではなく、
「制御対象を変えた農業」
だと感じました。
肥料や農薬という“外部入力”で調整するのではなく、
土壌というシステムそのものの性質を変えていく。
これは、
近年の生態学・微生物学の知見があってこそ
理論的に説明できるアプローチでもあります。
技術として、まだ発展途上であること
同時に、セミナーでは、
- 自然栽培は万能ではない
- どんな土地でもすぐに成功するわけではない
- 地力づくりには時間がかかる
という点も、繰り返し確認されていました。
つまり、
完成された技術というより、
現在進行形で進化している技術
という位置づけです。
実際に、
- 高収量の自然栽培水田は、年々増えてきている
- メカニズムの解明も進みつつある
という報告もあり、
「経験則」から「再現性のある技術」へ
移行しつつある段階なのだと感じました。
「古い」のではなく、「これからの話」
自然栽培は、ともすると
- 原始的
- 非科学的
- 理想論
と見られがちです。
しかし、セミナー全体を通して見えてきたのは、むしろ逆でした。
- 化石燃料
- 化学資材
- 外部依存型のシステム
に限界が見え始めた今、
生態系の働きを前提にした農業を、
どう技術として成立させるか
という、
非常に現代的な問いに向き合っている農法だと言えそうです。
ここまでで、
セミナー第7回の理論的な部分は一通り整理できました。
次はいよいよ、
- これらの話を聞いて、もちまる自身がどう感じたのか
- 理論として理解できたことと、まだ残る疑問
- 自分の生活や畑にどう引き寄せて考えたのか
といった、個人的な視点へと話を移します。
最終章では、
「正解をまとめる」のではなく、
自然栽培という考え方が、
自分の中でどう位置づけられたのか
を、率直に書いていこうと思います。
もちまるの感じたこと(個人的感想として)
第7回のセミナーを通して、
自然栽培についての見え方が、私の中で大きく変わりました。
それまでは、
自然栽培とは
「肥料や農薬を使わない、自然に任せる農業」
という、やや抽象的で感覚的な理解にとどまっていました。
しかし今回の内容を聞いて感じたのは、
自然栽培は決して「放置」や「精神論」ではなく、
生態系の仕組みを前提に、
環境条件をどう設計するかという、非常に論理的な技術
だということです。
「微生物はどこから来るのか?」という疑問がほどけた
これまで私の中にあった大きな疑問のひとつが、
自然栽培を支える微生物は、いったいどこから持ってくるのか?
というものでした。
有用な微生物を外から入れなければならないのではないか、
という感覚が、どこかにありました。
しかしセミナーでは、
- 土壌にはもともと多様な微生物が存在していること
- その多くは休眠状態にあり、環境次第で優位性が入れ替わること
- 重要なのは「入れること」ではなく「環境を変えること」
が繰り返し説明されていました。
この話を聞いたとき、
頭の中でつながったのは、進化論や生態学の考え方でした。
環境が変われば、
そこに適応できる生物が自然に増えていく。
人間の役割は、
生物を操作することではなく、
どんな環境を用意するかを考えること
なのだと、腑に落ちた気がしました。
「無肥料=栄養がない」わけではないという理解
もうひとつ印象的だったのは、
無肥料条件でも高い収量が出ている水田の話です。
窒素は作物に不可欠な元素であり、
不足すれば生育が落ちる。
これは疑いようのない事実です。
それでも自然栽培の水田では、
- 窒素肥料を与えていないにもかかわらず
- 土壌中の窒素濃度が、生育後半にかけて高く保たれる
というデータが示されていました。
その背景にあるのが、
- 窒素固定細菌の働き
- 低窒素・高炭素条件への長期的な適応
- 微生物群集の性質の変化
だという説明には、強い説得力がありました。
肥料を入れない=栄養がない、ではなく、
「誰が、いつ、どのように供給するか」が違う
という理解は、
これまでの農業観を大きく揺さぶるものでした。
病気や虫が減る理由が、感覚ではなく理屈で見えた
自然栽培では、
- 病気が出にくい
- 虫の被害が少ない
といった話がよく語られます。
正直なところ、
以前は「そう言われている」というレベルの理解でした。
しかし今回、
- 植物体内の窒素濃度
- 微生物の「浪費型」と「倹約型」という戦略
- 病原菌や腐敗菌が、窒素の多い環境で優位になる
という説明を聞いて、
なぜ自然栽培で病害虫が抑えられるのか
が、かなり論理的に理解できた気がします。
「農薬を使わないから強い」のではなく、
病原性の生物が優位になりにくい環境をつくっている
という整理は、とても納得感がありました。
それでも残る疑問もある
一方で、疑問がすべて解消されたわけではありません。
たとえば、
- 周囲がすべて自然栽培になった場合、害虫の行動はどう変わるのか
- 窒素の低い環境で、作物がどこまで耐えられるのか
- 天敵との共生は、どこまで人が設計できるのか
といった点は、まだ自分の中で完全には整理できていません。
ただ、それも含めて、
自然栽培は、すでに答えが出揃った完成形ではなく、
これから理解と技術が積み重なっていく分野
なのだと感じています。
自然栽培は「考え方」でもある
今回のセミナーを通して、
自然栽培は単なる栽培技術ではなく、
- 自然をどう捉えるか
- 人間はどこまで関与すべきか
- 短期の効率と、長期の持続性をどう考えるか
といった、
世界の見方そのものを問い直す考え方
なのではないか、と思うようになりました。
「入れれば解決する」という発想から、
「環境を整えれば、自然が動き出す」という発想へ。
その転換は、
農業に限らず、生活全体にも通じるものがあるように感じます。
ここまでが、
自然栽培セミナー第7回を終えた時点での、
私なりの整理と感想です。
今はまだ、
「理論が見えてきた段階」。
その土台の上に、
これからどんな実践の話が積み重なっていくのか――
引き続き、丁寧に追いかけていきたいと思います。
▶ 次回につづく
第8回
「どの種を選ぶかで、農業は変わる。自然栽培に適した品種を学んだ日」第7回では、
肥料を入れないのに、なぜ自然栽培で収量が出るのか
土壌微生物と窒素循環が果たす役割
「投入型農業」と「非投入型農業」の決定的な違い
自然栽培が“新しい技術”として成立している理由など、
自然栽培の仕組みと理論的な土台を、
データと考え方の両面から整理しました。次回は、その仕組みを前提に、
自然栽培に「向いている品種」とはどんなものなのか
緑の革命が生んだ品種改良は、どんな前提で進んできたのか
F1品種・在来種・固定種は、自然栽培とどう関わるのか
種苗法の改正は、品種選択に何をもたらしたのかといった、
「種と品種」という視点から自然栽培を見ていきます。環境を整え、生態系の力を引き出す農業では、
「どんな種を選ぶか」そのものが、
農法の一部になります。自然栽培の可能性が、
品種選択という切り口から立体的に見えてくる回です。▶ 第8回のレポートを読む
https://sanseitohow.com/natural-farming-seeds-varieties/


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