【もちまる】自然栽培の入口へ。農業の歴史と“もうひとつの道”を学んだ日【レポート】

レポート

この記事は、自然栽培セミナー第1回の学びをまとめたレポートです。
自然栽培とは何か、無肥料・無農薬が本当に可能なのか、そして農業がどのような歴史を経て今の形になったのか。
慣行栽培との違い、エネルギーの仕組み、自然の循環システムの意味など、自然栽培の“入口”として知っておきたい基礎をわかりやすく解説しています。
自然と調和する
農業のあり方や、これからの地方が持つ可能性について考えるきっかけにもなる内容です。

自給自足の暮らしに、憧れたことはありませんか。
自分の手で田んぼをつくり、畑を耕し、育てた作物を食べる——。
そんな素朴で力強い暮らしに、私はずっとロマンを感じてきました。

そんな思いを胸に調べていく中で出会ったのが、
無肥料・無農薬で作物を育てる「自然栽培」 という考え方です。
自然の仕組みそのものを味方にして作物を育てるというこの方法に、私は強く惹かれました。

もっと深く学び、自分でも実践できるようになりたい——。
そう思い、自然栽培セミナー(全16回)の受講を始めました。

この記事では、その初回で学んだ内容を、
「もちまる視点」でほどよく哲学的にまとめてみようと思います。

近代農業の“常識”と自然栽培の挑戦

農業の世界では、長いあいだ常識のように語られてきた言葉があります。

「肥料なしでは、作物はまともに育たない」

しかし今回のセミナーで語られたのは、その常識を静かにひっくり返す内容でした。

無肥料・無農薬でも作物は育つ。
ただし “自然の循環システム” が機能していれば——。

この“自然の循環システム”とは、土壌微生物や天敵昆虫、植物同士の関係など、
自然界がもともと持っている複雑で調和したネットワークのことです。
人間が外から肥料を入れなくても、本来の自然は自ら肥やし、育つ力を持っています。

ただ、自然栽培の実践者が増えた今でも、
正しい理解や技術が行き届いていないために挫折してしまう人が多いのだとか。

つまり自然栽培とは、手順だけを真似するような“テクニック”ではなく、
自然の仕組みを観察し、理解しながら進んでいく長い旅のような農法 なのだと、私は感じました。

人が自然をコントロールするのではなく、
自然に寄り添い、その声を聞きながら育てるという姿勢が求められる。
そこに、どこか哲学的な魅力があるように思います。

農耕の歴史から見える“二つの道”

農業という営みは、実はとても長い時間をかけて変化してきたものです。
その歴史を辿ると、人と自然の距離がどのように変わってきたのかが見えてきます。

  1. 狩猟採集の時代
  2. 種を植える農耕の始まり(約1万年前)
  3. 土を耕す農業の発達
  4. 家畜と堆肥を使う有畜農業へ
  5. 1950年以降:化学肥料と農薬が主役の“緑の革命”

狩猟採集の頃、人はただ自然から恵みを「受け取るだけ」でした。
やがて定住が始まり、種を植えるという行為が生まれます。
それは自然の流れに、人がそっと手を添える最初の一歩だったのかもしれません。

時代が進むにつれ、土を耕し、堆肥を入れて地力を高め、
自然の力を活かしながら作物を育てる「有機的な農業」が主流になります。
ここまでは、人と自然がまだ近い距離で向き合っていた時代といえます。

そして1950年以降、化学肥料や農薬が登場し、農業は一気に「大量生産の時代」へ。
緑の革命と呼ばれるこの出来事は、人類の飢餓を救った一方で、
自然との関わり方にも大きな変化をもたらしました。

この緑の革命を境に、農業は二つの方向へ分かれていきます。

  • 化学肥料と農薬を使って安定した収量を追求する“慣行栽培”
  • 自然の仕組みを活かし、外部資材に頼らない“自然栽培”

言い換えれば、人が自然を「コントロールしていく道」と、
自然との「調和を取り戻す道」。
農耕の歴史には、そんな分岐点が静かに刻まれているように感じました。

緑の革命がもたらしたものと失われたもの

1950年以降に起こった「緑の革命」は、人類の歴史を大きく変えた出来事でした。

  • 化学肥料
  • 農薬
  • 品種改良
  • 農地整備

これらの技術が一気に整い、農作物の収穫量は飛躍的に伸びました。
そのおかげで、飢餓によって命を落とす人は世界的に激減し、
人類の人口は急激に増えていきます。

食糧問題が解消されたことで、農村からは労働力が都市へと流れ、
一次産業から二次・三次産業へ人が移動し始めました。
私たちの生活が便利になり、多様になった背景には、
この緑の革命が確かに存在しています。

しかし、光が強ければ影もまた濃くなるものです。
緑の革命は大きな恩恵をもたらした一方で、
農業は化石エネルギーへ深く依存する体質へと変わっていきました。

化学肥料の原料、農薬の製造、農業機械の動力——。
その多くが石油を前提としているため、
農家は「自分の畑だけでは完結できない農業」へと向かっていったのです。

そして世界がグローバルに繋がったことで、
エネルギーを輸出する国の状況ひとつで、
日本の農業の存続すら揺らぎかねないというリスクも抱えるようになりました。

石油価格が高騰すれば、
肥料も農薬も機械燃料も値上がりし、
生産者は採算が合わず苦しむことになります。
その結果、私たち消費者にも負担がのしかかり、
本来豊かさを生むはずだった仕組みが、
逆に生活を圧迫することすら起こり得ます。

緑の革命は確かに世界を救った。
しかし同時に、自然が本来持っていた「循環」に背を向け、
石油の流れに身を委ねる農業が主流になっていった——。
このこともまた、見逃してはならない現実だと感じました。

慣行栽培と自然栽培を比べてみる

項目慣行栽培自然栽培
収穫量高い中〜低
技術の汎用性高い低い(地域依存)
大規模化しやすいしにくい
化石エネルギー依存大きいほぼゼロ
環境リスク高い低い
生産コスト高い低い
特徴グローバル型農業ローカル型農業

農業には、現在大きく分けて二つの方向性があります。
ひとつは、化学肥料や農薬を使い、生産効率を高める慣行栽培
もうひとつは、自然が本来持つ仕組みを活かし、外部資材に頼らない自然栽培

この二つは、同じ“作物を育てる”という目的を持ちながらも、
その思想や土台となる仕組みが大きく異なります。

▼ 慣行栽培の特徴

慣行栽培は、人工的な資材と石油エネルギーを使うことで、
短期間で安定した収量を実現する農法です。

  • 収穫量:高い
  • 技術の汎用性:高い(どこでも通用しやすい)
  • 大規模化:しやすい
  • 化石エネルギー依存:大きい
  • 環境リスク:高い(資材の流出など)
  • 生産コスト:高い

“効率”を求めた結果、世界中で標準化され、
グローバルに適応しやすい農業になったと言えます。

▼ 自然栽培の特徴

一方で自然栽培は、自然界の循環システムをそのまま農地に取り入れ、
外部から資材を入れずに作物を育てる方法です。

  • 収穫量:中〜低
  • 汎用性:低い(地域や土壌に合わせる必要)
  • 大規模化:しにくい
  • 化石エネルギー依存:ほぼゼロ
  • 環境リスク:低い
  • 生産コスト:低い(肥料・農薬の購入が不要)

地域の生態系に寄り添う“ローカル型”の農業であり、
自然とつながった循環の中で育てるという思想が根底にあります。

慣行栽培と自然栽培のどちらが良い、という話ではありません。
それぞれが異なるフィールドで、異なる役割をもって存在しています。
ただ、自然栽培のほうが「自然との関係性」が強いため、
農家自身の観察力や土地への理解が試される農法だと感じました。

農業はエネルギーの変換装置である

農業とは何か。
その答えをシンプルに表すなら、講師はこう言いました。

「太陽光を作物という形に変換すること」

このひと言は、農業の本質を驚くほど的確に表しています。
植物は光合成によって太陽エネルギーを吸収し、それを食物として蓄えていきます。
つまり農業とは、太陽エネルギーを“食べられる形”に変える装置のようなものなのです。

しかし現代農業では、この太陽光だけに頼っているわけではありません。
そこに大量の 石油=補助エネルギー が注ぎ込まれています。

たとえば秋田県・大潟村の水田の例を見てみると、

  • 太陽エネルギー:42兆J
  • 補助エネルギー(肥料・農薬・燃料など):501億J
  • 得られる収穫物エネルギー:628億J

数字だけを見ると、収穫物のエネルギーの多くが
“石油によって底上げされている” という現実がわかります。
太陽の恵みだけではなく、人が外から押し込んだエネルギーによって、
現代農業は高い収量を維持しているのです。

一方で、自然生態系に近い栽培(一般的に自然農法と勘違いされる)では、
石油由来の補助エネルギーを使いません。
そのため、作物の生育はゆっくりで、
面積あたりの収量は慣行栽培の およそ2割程度 にとどまります。

では、自然栽培はどうなのか。
ここが重要なポイントでした。

自然栽培は単に“石油を使わない”だけではなく、
自然の循環システムそのものを活性化させることで
太陽エネルギーの変換効率を高めようとする農法
です。

  • 土壌微生物
  • 天敵昆虫
  • 内生菌
  • 多様な植物のネットワーク

こうした自然界の仕組みがうまく働くと、
外から補助エネルギーを入れなくても、
太陽エネルギーを作物に変換する力が自然と高まっていきます。

つまり自然栽培とは、
“石油の代わりに自然を働かせる農業”
であると言えるのです。

そのためには環境を整え、待ち、見守り、自然の声を聞く必要がある。
まるで人と自然が再びパートナーとして歩き直すような、
そんな農法だと感じました。

自然栽培が目指すもの──自然のシステムを育てる

自然栽培では、石油由来のエネルギーを使いません。
その代わりに頼るのは、人の手よりもはるかに長い歴史をもつ、
自然そのものの力 です。

  • 土壌微生物
  • 天敵昆虫
  • 多様な植物同士の関係
  • 根の内部に共生する内生菌

これらは単なる“生き物の寄せ集め”ではなく、
ひとつの畑の中で見事な循環をつくる「自然のシステム」です。
このシステムが活性化すると、太陽エネルギーを作物へ変換する力そのものが
ゆっくりと、しかし確実に高まっていきます。

小さな微生物が有機物を分解し、それを別の生き物が食べ、
それをさらに別の生き物が食べる——。
そうして生まれる無数の営みが連鎖し、
畑の中に、ひとつの小さな“生命の世界”が立ち上がっていきます。

生物たちが生まれ、活動し、そして死んでいく。
そのサイクルの中で生まれる物質や環境そのものが、
作物の成長を支える 補助エネルギー となっていくのです。

しかし、この循環が整って畑が本来の力を発揮するまでには、
最低でも3年ほどの時間が必要 と言われています。
自然がゆっくりと世界をつくるように、
畑のシステムもまた、急かすことのできないスピードで整っていくからです。

自然栽培とは、単に作物を育てるだけの営みではありません。
畑そのものを育て、環境を整え、自然の声に耳を澄ます時間 です。
そしてその過程で、私たち自身もまた、
「待つ力」や「委ねる姿勢」を学んでいくのだと感じました。

地方の未来と自然栽培の相性

日本では今、人口減少が進み、地方の土地が静かに余りはじめています。
誰も使わなくなった田畑が、季節だけを相手に淡々と変化していく光景を目にすると、
どこか寂しさを含みつつも、不思議な可能性を感じることがあります。

この“土地が余る”という現実は、一見するとネガティブな問題に見えます。
しかし自然栽培という視点から眺めると、それはむしろ 追い風 にもなり得ます。

自然栽培は、

  • 石油に依存しない
  • 小規模でも成立する
  • 地域の生態系と調和できる

という特徴を持っています。
つまり、大規模で均一な畑を必要とせず、むしろ
その土地ならではの環境や生物多様性を活かせる農業 なのです。

そして何より、自然栽培には
日本が抱える「食糧自給率」という課題に対する
現実的なヒントが潜んでいるように思います。

石油や化学資材に依存しない農業は、
世界情勢によって左右されにくい“本当の意味での自給”につながります。
さらに、自然栽培で育てられた作物は付加価値が高く、
地域ブランドとしての魅力を持つ可能性もあります。

余っていく土地と、育ててほしい自然の循環システム。
この二つが出会うことで、地方の農業に新しい物語が生まれるかもしれません。

これからの日本の農業にとって、自然栽培は
小さくとも確かな希望の種のように思えました。

おわりに──自然栽培の世界は、ゆっくり育つ

第1回目のセミナーは、自然栽培の“技術”を学ぶ場というより、
その根底に流れる 世界観や思想を受け取る時間 でした。

自然栽培は、すぐに結果が見える農法ではありません。
土が整うまで、環境が育つまで、そして自然の循環が動き出すまでには
どうしても時間が必要になります。

けれど、その「ゆっくり育つ」という性質こそが、
どこか人間の生き方にも通じるように感じました。
急がず、焦らず、目の前の自然を観察し、
少しずつ環境を整えていく。
そのプロセスの中で、自分自身の心の状態も
静かに整っていくような気がするのです。

全16回のセミナーは、まだ始まったばかり。
この先、どんな景色が見えてくるのか、どんな気づきが生まれるのか——。
もちまるとしても、自然のリズムに合わせながら、
ゆっくりと歩むように学んでいきたいと思います。

また次回のレポートで、その続きをお届けします。

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