この記事の要約
本記事は、自然栽培セミナー第13回の内容をもとに、
畑における自然栽培の技術全体像について学んだことをまとめたレポートです。
畑で自然栽培を行う際に重要となる土地条件や土壌タイプの違いから始まり、
土壌pHとミネラル供給の考え方、
有機物の分解と窒素固定がどのように循環していくのかを、
微生物の働きという視点で整理しています。
また、データから見える「地力が上がる畑・上がらない畑」の違いや、
固定種の連作といった例外的な事例、
自然栽培を3つのタイプに分けて捉える考え方についても触れています。
特別な技術や資材に注目するのではなく、
その畑がどのような環境で、どのようなプロセスが成り立っているのかを
順を追って確認していく内容となっています。
このレポートは、
自然栽培セミナー全15回を「もちまる視点」で追いかける連載企画の第12回です。
▼ この連載をまとめて読む
→ もちまる自然栽培セミナー・全話まとめガイドはこちら
https://sanseitohow.com/natural-farming-series-2/
はじめに
本記事は、自然栽培セミナー第13回の内容をもとに、
「畑における自然栽培の技術」という視点からまとめたレポートです。
前回の第12回では、水田を舞台に、
自然栽培の理論をどのように現場の管理技術として扱うのか、
乾燥や分解、有機物管理といった具体的なプロセスについて学びました。
今回はその流れを受けて、対象を畑に移し、
同じ自然栽培の考え方が、畑ではどのような条件設定として現れてくるのかが整理されていきます。
今回扱われているテーマ自体は、
これまでのセミナーで繰り返し登場してきた、
- 分解
- 窒素固定
- 土壌微生物
- 光合成と循環
といった要素が中心です。
ただし、新しい理論を積み上げていく回というよりも、
これまで学んできた内容を、畑という環境の中でどう成立させるのかを、
土地条件や土壌特性と結びつけながら整理していく回だったように感じています。
自然栽培では、無肥料・無農薬という結果だけを見ると、
つい資材や手法に意識が向きがちです。
しかし今回のセミナーでは、
畑の排水性や日当たり、土壌タイプといった、
ごく基本的な土地条件が、その後の分解や窒素固定の成否を大きく左右することが、
データや事例を交えながら示されていました。
本記事では、
そうした前提条件を踏まえながら、
畑における自然栽培の技術について、順を追ってまとめていきます。
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第12回「水田ではどう扱う?自然栽培の技術を学んだ日」
https://sanseitohow.com/natural-farming-paddy-field-technique-12/
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第14回「(準備中)」
自然栽培を成功に導く「畑の前提条件」
自然栽培の話というと、
どうしても「どんな方法を使うか」「どんな管理をするか」といった
技術論から考えがちです。
しかし今回のセミナーでは、その前に立ち止まって、
畑そのものが持っている前提条件をどう捉えるかが、
繰り返し整理されていました。
自然栽培では、
作物の生育を直接コントロールするというよりも、
土壌の中で起きている循環が、
無理なく回るかどうかが重要になります。
自然栽培で前提になる「循環」の考え方
畑の中では、
- 作物が光合成によって有機物をつくる
- 土壌微生物がその有機物を分解する
- 分解で得られたエネルギーを使って窒素固定が起こる
- その窒素が、再び作物の成長に使われる
という循環が成立しています。
自然栽培では、
この循環が外部からの肥料投入に頼らずに回るかどうかが、
作物生産の土台になります。
重要なのは、
この循環は「やろうとして起こすもの」ではなく、
条件がそろったときに自然に起こるものだという点です。
そのため、
技術以前に、
微生物が働ける環境が整っているかどうかを見ておく必要があります。
畑で特に重要になる基本的な環境条件
セミナーで挙げられていたのは、
ごく基本的ではありますが、
自然栽培では結果に直結しやすい次のような条件でした。
- 排水がよく、土壌中に酸素が行き渡ること
- 日当たりが確保され、作物の光合成量が十分であること
- 風通しがあり、過度な湿気がこもらないこと
これらは、
一見すると作物管理の話に見えますが、
実際には土壌微生物の活動環境そのものを指しています。
特に、有機物分解の初期段階を担う真菌(糸状菌)は、
酸素がある環境でこそ活性化します。
この分解が進まなければ、
その先にある窒素固定までエネルギーが届かず、
循環は途中で止まってしまいます。
技術で調整できることと、前提として受け止めること
畑の環境は、
すべてが最初から決まっていて動かせない、というわけではありません。
- 高畝にして排水性を改善する
- 有機物の入れ方を工夫する
- 耕起や管理方法を調整する
といった技術によって、
環境を改善できる部分も確かにあります。
一方で、
もともとの土地条件が、
極端に湿りやすい、日照が取れない、風が抜けないといった場合、
管理だけで循環を成立させるのは難しくなる、
という現実も示されていました。
自然栽培では、
まずその畑が持っている性質を理解し、
- どこまでが工夫や管理で調整できるのか
- どこからが、その土地の前提条件として受け止める必要があるのか
を見極めることが、
スタート地点になります。
こうして畑の条件を整理していくと、
次に考えるべきなのは、
どのような土地が、そもそも自然栽培に向かないとされるのか
という点です。
自然栽培に向かない土地の特徴と、その理由
前章では、
自然栽培では技術以前に、
畑が持っている前提条件を把握することが重要である、
という点を整理してきました。
では、その前提条件が整っていない場合、
自然栽培ではどのような問題が起こりやすくなるのでしょうか。
今回のセミナーでは、
自然栽培に向かないとされやすい土地の特徴が、
微生物の働きと結びつけて説明されていました。
排水の悪い、湿潤な土地
まず挙げられていたのが、
排水が悪く、常に湿った状態になりやすい土地です。
自然栽培では、
有機物の分解が次の窒素固定につながることが重要になります。
しかし、有機物分解の初期段階を担う真菌(糸状菌)は、
酸素がある環境でこそ活性化します。
排水が悪く、
土壌中に水が溜まりやすい状態では、
- 酸素が不足しやすい
- 真菌の活動が抑えられる
- 有機物の分解が進まない
といった状況が起こります。
分解が進まなければ、
その先でエネルギー源となる酢酸や水素が生まれず、
窒素固定細菌が働くための条件も整いません。
結果として、
窒素固定が十分に起こらないまま、
作物の生育が伸び悩む、という状態になりやすくなります。
日当たりの悪い土地
次に挙げられていたのが、
日照条件の悪い土地です。
作物は、
光合成によって有機物を生み出します。
この有機物が、
土壌微生物による分解と窒素固定の出発点になります。
日当たりが悪い場合、
- 光合成量が不足する
- 作物が生み出す有機物が少なくなる
- 分解と窒素固定に回るエネルギーが不足する
という流れになりやすくなります。
つまり日照条件は、
作物の生育だけでなく、
土壌内の循環全体の大きさに影響する要素でもあります。
自然栽培では、
この循環が自律的に回ることが前提になるため、
日当たりの悪さは結果として大きな制約になりやすい、
という整理でした。
風通しの悪い土地
もう一つ重要な要素として、
風通しの悪さが挙げられていました。
風通しが悪いと、
- 湿気がこもりやすい
- 葉や土壌表面が乾きにくい
- 病原菌が繁殖しやすい
といった環境になりやすくなります。
自然栽培では、
病害虫を薬剤で抑えるのではなく、
環境のバランスによって発生しにくい状態をつくることが基本になります。
そのため、
風が抜けず湿度が高い環境では、
病害が起こりやすくなり、
結果として安定した栽培が難しくなる、
という説明がされていました。
「向かない土地」は、なぜ向かないのか
ここまで見てきたように、
自然栽培に向かないとされる土地の特徴は、
- 排水が悪い
- 日当たりが悪い
- 風通しが悪い
といった、一見すると当たり前にも思える条件です。
しかし重要なのは、
これらが単なる作業のしにくさではなく、
土壌微生物の分解や窒素固定といったプロセスを阻害する要因
として整理されている点でした。
逆に言えば、
自然栽培で結果が出にくい場合、
個別の技術や資材の問題以前に、
こうした土地条件がどのように影響しているのかを、
一度立ち止まって確認する必要がある、
ということでもあります。
ただし、
ここで挙げられているのは、
あくまで「環境条件」としての話です。
同じ排水条件であっても、
土壌の性質によって影響の出方が変わる場合もあります。
畑の結果を左右しているのは、
立地条件だけではなく、
その土地の土壌が、どのような性質を持っているのか
という点も大きく関わってきます。
土壌タイプの違いがつくる栄養環境
前章では、
排水や日当たり、風通しといった立地条件が、
自然栽培の成否に大きく関わることを見てきました。
ただ、
同じような立地条件であっても、
畑によって作物の育ち方に差が出ることがあります。
その違いを生んでいる要因の一つが、
土壌そのものの性質、いわゆる土壌タイプの違いです。
黒ボク土の特徴と栄養の考え方
まず紹介されていたのが、
日本の畑でよく見られる黒ボク土です。
黒ボク土は、
- 火山灰由来
- 黒っぽい色をしている
- 腐植(有機物)が多い
といった特徴を持っています。
一方で、
栄養面では次のような傾向があることが示されていました。
- 炭素量が多い
- リン酸が少ない
- 土壌pHが低くなりやすい
腐植が多いことから、
一見すると肥沃そうに見える土壌ですが、
リン酸が不足しやすく、
その影響でpHが低下しやすいという側面もあります。
そのため黒ボク土では、
自然栽培であっても、
まず土壌pHを確認することが重要になる
という整理がされていました。
沖積土の特徴と注意点
もう一つ対照的な土壌タイプとして、
沖積土が挙げられていました。
沖積土は、
- 川の堆積物由来
- 鉱物成分が比較的多い
- リン酸が豊富な傾向
といった特徴を持っています。
一方で、
- 炭素量が少ない
- 有機物が不足しやすい
という傾向もあり、
自然栽培では、
有機物の供給を意識する必要がある土壌タイプとされていました。
このように、
黒ボク土と沖積土では、
- 何が多く
- 何が不足しやすいのか
が大きく異なります。
土壌タイプによって変わる「ミネラル環境」
セミナーで繰り返し強調されていたのは、
土壌タイプが違えば、
土壌中のミネラル含有量や供給のされ方も変わる
という点でした。
ただしここで重要なのは、
土壌中に含まれる量と、
作物が実際に吸収している量は、
必ずしも比例しない、という点です。
たとえばリン酸については、
- 自然栽培の土壌では、土壌中のリン酸量は低下しやすい
- しかし、葉のリン酸含有量を調べると、慣行栽培と大きな差が出ていない
というデータが示されていました。
このことから、
リン酸については、
土壌中にどれだけ含まれているか
ではなく、
どのような形で供給されているか
が重要であると考えられます。
自然栽培では、
菌根菌などの微生物の働きによって、
土壌中のリン酸が効率よく利用されている可能性が示唆されていました。
「足りないから入れる」ではなく「特徴を知る」
ここまでの話を整理すると、
自然栽培における土壌タイプの捉え方は、
単純に「足りないものを補う」という発想とは、
少し異なることがわかります。
重要なのは、
- 自分の畑が、どの土壌タイプに近いのか
- どの栄養素が多く、どこが弱点になりやすいのか
を把握したうえで、
循環が回る条件を整えていくことです。
土壌タイプの違いは、
自然栽培における「良し悪し」ではなく、
前提条件の違いとして捉える必要がある、
という整理だったように感じています。
そして、
こうした土壌タイプの違いを考えるうえで、
必ず出てくる指標が、
土壌pHです。
同じ黒ボク土でも、
pHの状態によってミネラルの溶け出し方は大きく変わりますし、
沖積土でも、
pHによって作物が利用できる栄養環境は変わってきます。
土壌pHとミネラル供給の持続性
前章では、
黒ボク土や沖積土といった土壌タイプの違いによって、
栄養環境の特徴が変わることを見てきました。
その中で、
どの土壌タイプであっても共通して重要になる指標として、
土壌pHが挙げられていました。
自然栽培における土壌pHの位置づけ
土壌pHというと、
「酸性かアルカリ性か」という単純な指標として
捉えられがちです。
しかし今回のセミナーでは、
自然栽培におけるpHは、
作物の好みを判断するための数値というよりも、
ミネラルがどのように供給されるかを左右する条件
として整理されていました。
リン、カリウム、カルシウム、マグネシウムといった主要ミネラルは、
肥料として外から与えなくても、
もともと土壌鉱物として大量に存在しています。
これらは、
- 土壌鉱物が少しずつ溶け出す
- 作物がそれを吸収する
という形で、
長期的に供給されていく栄養素です。
この「溶け出し方」に大きく関わるのが、
土壌pHでした。
pHを整える意味と、その考え方
セミナーでは、
自然栽培においては、
- 土壌pHを 6以上 に整える
ことが、一つの目安として示されていました。
特に黒ボク土のように、
リン酸が少なくpHが下がりやすい土壌では、
まずpHを確認し、
必要に応じて調整することが重要になります。
ここで特徴的だったのは、
pH調整の考え方です。
自然栽培では、
化学肥料を使わないため、
一度pHを整えると、
その後は大きく変化しにくいことが
データから示されていました。
そのため、
- 炭酸カルシウムなどの有機資材を使い
- 初期段階で一度だけpHを補正する
という整理がされていました。
pHを「毎年管理し続ける対象」としてではなく、
最初に整えておく環境条件の一つとして捉える点は、
自然栽培らしい考え方だと感じました。
ミネラルは「足すもの」ではなく「流れ」
このようにpHが整った状態では、
土壌中のミネラルは、
時間をかけて安定的に供給されるようになります。
つまり自然栽培では、
ミネラルについては、
- 不足するから足し続ける
のではなく、 - 供給される流れを邪魔しない
という考え方が基本になります。
pHが適正な範囲にあれば、
ミネラルの溶出と吸収は、
長期的に持続する可能性が高い、
という説明でした。
その結果、
ミネラルについての心配は、
初期の環境づくりを終えたあとは、
相対的に小さくなっていきます。
最後に残る「アンモニア供給」という問題
ミネラルの供給について整理したうえで、
セミナーでは次のような話に進んでいきました。
リンやカリウム、カルシウムなどは、
土壌鉱物からの供給が期待できる。
pHを整えれば、その流れは比較的安定する。
では、
作物の生育に最も大きく影響する
窒素はどうなのか。
窒素については、
土壌鉱物から供給されるものではなく、
作物が利用できる形(アンモニア態窒素)として、
新たに生み出される必要がある
という点が改めて強調されていました。
このアンモニアの供給こそが、
自然栽培における最大の鍵になります。
自然栽培の核心 ― 呼吸(分解)と窒素固定の循環
前章では、
土壌pHを整えることで、
リンやカリウム、カルシウムといったミネラルは、
比較的安定して供給される可能性があることを見てきました。
その一方で、
最後まで残る課題として示されていたのが、
窒素をどのように供給するかという問題です。
自然栽培では、
この窒素供給を外部投入に頼らず、
土壌の中で自律的に生み出すことが求められます。
その仕組みとして整理されていたのが、
呼吸(分解)と窒素固定がつながった循環でした。
自然栽培で重視される循環の全体像
セミナーでは、
自然栽培における作物生産の基本構造が、
次のような流れとして整理されていました。
- 光合成(生産)
- 呼吸(分解)
- 窒素固定
- 再び光合成
作物は光合成によって有機物を生み出し、
その有機物が土壌に供給されます。
土壌中では微生物がそれを分解し、
その過程で得られるエネルギーを使って、
窒素固定が起こります。
この窒素固定によって生み出されたアンモニア態窒素が、
再び作物の成長に使われることで、
光合成へとつながり、循環が維持されていきます。
自然栽培では、
この一連の流れがうまくつながるかどうかが、
作物生産の成否を大きく左右します。
窒素固定は「単独では起こらない」
ここで強調されていたのは、
窒素固定は、それ単独で存在する現象ではない、
という点です。
窒素固定反応は、
N₂ + 8H⁺ + 8e⁻ + 16ATP → 2NH₃ + H₂ + 16ADP
という形で進みますが、
この反応には大量のエネルギーが必要になります。
つまり、
エネルギー源がなければ、窒素固定は起こらない
ということになります。
そのエネルギー源となるのが、
有機物が分解される過程で生まれる、
- 糖類
- 酢酸
- 水素
といった物質です。
ここから見えてくるのは、
自然栽培においては、
- 窒素固定を起こすこと
よりも、 - そこに至る分解プロセスを畑の中で成立させること
の方が、
技術としては重要だという点です。
呼吸(分解)が止まると、循環も止まる
有機物が土壌にあっても、
分解が進まなければ、
窒素固定に必要なエネルギーは生まれません。
逆に言えば、
呼吸(分解)が活発に起きていれば、
そのエネルギーを使って、
窒素固定が起こる条件が整っていきます。
自然栽培の成功は、
「窒素を増やすこと」ではなく、
呼吸(分解)と窒素固定が連続して起こる状態を、
いかに畑の中につくれるか
にかかっている、という整理でした。
高炭素・低窒素という前提条件
もう一つ、
窒素固定を考えるうえで重要な条件として、
高炭素・低窒素の環境が挙げられていました。
土壌中に、
すでにアンモニア態窒素が多く存在している場合、
微生物は、
わざわざエネルギーを使って窒素固定を行いません。
一方で、
- 有機物(炭素)はある
- 使える窒素が不足している
という状況では、
窒素固定が起こりやすくなります。
自然栽培で無施肥が前提とされるのは、
窒素固定を「起こさせるため」ではなく、
起こらざるを得ない条件を維持するため
だと理解すると、
位置づけがわかりやすくなります。
分解と窒素固定を支える「見えない担い手」
ここまで整理してきた循環を見ると、
一つの疑問が浮かんできます。
有機物の分解は、
誰が、どのように進めているのか。
そして、
そのエネルギーは、
どのように窒素固定へと受け渡されているのか。
この循環の内部では、
複数の微生物が、
役割を分担しながら関わっています。
自然栽培の核心である
呼吸(分解)と窒素固定の循環を理解するためには、
有機物分解を担う微生物の役割分担を、
もう一段具体的に見ていく必要があります。
有機物分解を担う真菌と細菌の役割分担
前章では、
自然栽培においては、
窒素固定そのものよりも、
そこに至る呼吸(分解)のプロセスが重要であることを見てきました。
では、その分解は、
土壌の中で誰が、どのように進めているのでしょうか。
今回のセミナーでは、
有機物分解は単一の微生物によって起こるのではなく、
真菌と細菌による役割分担として整理されていました。
有機物分解は「リレー」で進む
自然栽培の畑に投入される有機物の多くは、
植物由来の繊維質、いわゆる食物繊維です。
ワラや草、木材などは、
そのままでは細菌がすぐに利用できる形ではありません。
この「大きくて複雑な有機物」を、
最初に扱うのが真菌(糸状菌)です。
真菌は、
- 食物繊維
- 木質成分
といった、
分解が難しい有機物を、
時間をかけて細かく分解していきます。
この段階で有機物は、
糖類など、
次の微生物が利用できる形へと変えられていきます。
真菌が「ほどき」、細菌が「使う」
真菌によって細かく分解された有機物は、
次に細菌の段階へと引き継がれます。
細菌は、
- ブドウ糖などの糖類
- それが変化した酢酸や水素
といった物質をエネルギー源として利用し、
呼吸を行います。
この呼吸によって得られたエネルギーが、
窒素固定に使われることで、
大気中の窒素がアンモニアへと変換されていきます。
つまり、
有機物分解は、
- 真菌が「大きなものを細かくする」
- 細菌が「細かくなったものをエネルギーとして使う」
という、
段階的なリレー反応として進んでいる、
という整理でした。
分解は「有機物を入れれば終わり」ではない
ここで印象的だったのは、
単に有機物を畑に入れるだけでは、
窒素固定まで進まない、という点です。
窒素固定が起こるためには、
- 真菌が十分に活動できる環境があること
- 分解によって、酢酸や水素といったエネルギー源が生まれること
が必要になります。
真菌が活動できない環境では、
有機物は分解の初期段階で止まり、
細菌にエネルギーが渡りません。
その結果、
窒素固定までつながらない、
という状態になります。
自然栽培で有機物管理が重要だと言われる理由は、
量の問題というよりも、
分解プロセスが最後まで進むかどうか
にあるように感じました。
好気と嫌気、二つの環境が重なる場所
もう一つ重要な点として、
真菌と細菌では、
好む環境条件が異なることが挙げられていました。
- 真菌は、酸素のある好気的環境で活性化する
- 窒素固定を行う細菌は、嫌気的条件を必要とする
一見すると、
相反する条件のようにも見えます。
しかし畑の中では、
場所や時間によって、
好気と嫌気が入り混じった環境が生まれます。
- 表層では酸素が入り、真菌が分解を進める
- 微細な空間や分解が進んだ場所では、嫌気条件が生まれる
このような環境の重なりの中で、
分解と窒素固定が、
連続したプロセスとして成立していきます。
次に問われるのは「条件」
ここまで見てきたように、
有機物分解と窒素固定は、
真菌と細菌の役割分担によって支えられています。
ただし、
真菌が働くかどうか、
細菌が窒素固定に入るかどうかは、
いつでも同じように起こるわけではありません。
そこには、
- エネルギー源の有無
- 窒素の状態
- 酸素環境
- リン酸の存在
といった、
いくつかの条件が関わっています。
次の章では、
窒素固定が起こる場合と、
起こらない場合を分けている条件について、
もう一段具体的に整理していきます。
窒素固定が起こる条件と、起こらない条件
前章では、
有機物分解が、
真菌と細菌による段階的なリレーとして進み、
その先に窒素固定がある、という構造を見てきました。
ただし、
分解が起きているからといって、
必ず窒素固定まで進むわけではありません。
今回のセミナーでは、
窒素固定は「努力」や「量」ではなく、
条件によって起こるかどうかが決まる反応
として整理されていました。
窒素固定に必要とされる基本条件
講義の中では、
生物的窒素固定が進むための条件として、
次のような点が示されていました。
- 反応を進めるためのエネルギー源があること
- アンモニア態窒素が土壌中にほとんど存在しないこと
- 酸素が少ない(嫌気的な)環境があること
- リン酸が利用できる状態にあること
これらは、
どれか一つだけ満たされていればよい、
というものではありません。
複数の条件が重なったときに、
はじめて窒素固定が起こりやすくなります。
なぜ「有機物があるだけ」では足りないのか
一見すると、
有機物をたくさん入れれば、
エネルギー源が増えて、
窒素固定も進みそうに思えます。
しかし実際には、
有機物があっても、
- 分解が進んでいない
- エネルギーが細菌に渡っていない
という状態では、
窒素固定はほとんど起こりません。
重要なのは、
有機物そのものではなく、
分解によって生まれたエネルギーが、
細菌に利用されているかどうか
という点でした。
窒素が「多い」と、窒素固定は起こらない
もう一つ重要な条件が、
土壌中にアンモニア態窒素が存在しないことです。
窒素固定は、
微生物にとって非常にエネルギーコストの高い反応です。
そのため、
すでに使える窒素が土壌中に十分ある場合、
微生物は窒素固定を行いません。
つまり、
- 窒素が不足している
- しかしエネルギーはある
という、
一見すると不利にも思える条件が、
窒素固定を引き起こす前提になります。
自然栽培で無施肥が重視される理由は、
ここにあると理解すると、
位置づけがはっきりします。
好気と嫌気が切り替わる環境
窒素固定には、
嫌気的な条件が必要になります。
一方で、
分解の初期段階を担う真菌は、
好気的な環境で活性化します。
この矛盾する条件は、
畑の中では、
時間差や空間差として解消されます。
- 表層や乾いたタイミングでは、真菌が分解を進める
- 分解が進んだ微細空間では、嫌気条件が生まれる
この切り替わりがあることで、
分解と窒素固定が、
連続したプロセスとして成立していきます。
高炭素・低窒素という整理
ここまでの条件をまとめると、
窒素固定が起こりやすい環境は、
- 有機物(炭素)が供給されている
- 使える窒素が少ない
- 分解が進み、エネルギーが生まれている
という、
高炭素・低窒素の状態だと言えます。
この条件がそろったとき、
窒素固定は、
人が操作しなくても、
反応として自然に立ち上がります。
条件がそろった結果は、どう現れるのか
では、
こうした条件が整った畑と、
整っていない畑では、
実際にどのような違いが現れるのでしょうか。
セミナーでは、
この問いに対して、
感覚的な話ではなく、
データを用いた比較が示されていました。
窒素固定が安定して起きている畑では、
土壌中の窒素量や炭素量、
作物の生育に、
一定の傾向が見られるようになります。
次の章では、
そうしたデータをもとに、
地力が上がっていく畑と、
なかなか上がらない畑の違いを、
具体的に見ていきます。
データで見る「地力が上がる畑・上がらない畑」
前章では、
窒素固定が起こるかどうかは、
人為的な操作というよりも、
環境条件の組み合わせによって決まる、
という整理をしてきました。
では、
そうした条件が整った畑と、
整っていない畑では、
実際にどのような違いが現れるのでしょうか。
今回のセミナーでは、
いくつかのデータをもとに、
地力が上がっていく畑の特徴が示されていました。
窒素量と作物生育の関係
まず紹介されていたのが、
土壌中の窒素量と、
作物(トウモロコシ)の重量との関係です。
このデータを見ると、
窒素量が少ない段階では、
わずかな違いでも作物の重量に大きな差が出ることが示されていました。
一方で、
ある一定量を超えると、
窒素量が増えても、
作物の重量はほとんど変わらなくなります。
つまり、
- 窒素が極端に不足している段階では、
わずかな差が生育に大きく影響する - 一定量を超えると、
窒素以外の要因が制限要因になる
という関係が見えてきます。
自然栽培では、
この「最初の段階」をどう乗り越えるかが、
地力づくりの大きなポイントになるように感じました。
炭素量と窒素量の関係
次に示されていたのが、
土壌中の炭素量と窒素量の関係です。
この二つの間には、
明確な正の相関が見られていました。
つまり、
- 土壌中の有機物(炭素)が多い畑ほど、
窒素量も多い
という傾向です。
これは、
窒素が単独で増えているのではなく、
有機物の分解と窒素固定というプロセスを通して、
炭素と窒素が一体となって増えている
ことを示しているように見えます。
微生物の呼吸が示すもの
さらに、
土壌微生物の活動量、
いわゆる「呼吸量」と窒素供給の関係も示されていました。
ワラを土壌に加え、
一定温度で培養した実験では、
微生物の呼吸が活発なほど、
土壌中の窒素量が増加する傾向が確認されています。
これは、
分解によって生まれたエネルギーが、
窒素固定に使われていることを、
間接的に示すデータと考えられます。
ここまでは、
前章で整理してきた内容と、
きれいに対応する結果だと感じました。
データから外れる「例外的な畑」
ただし、
すべての畑が、
この傾向にきれいに当てはまるわけではありません。
紹介されていたデータの中には、
微生物の呼吸が非常に活発であるにもかかわらず、
土壌中の窒素濃度が極端に低い畑
が一例だけ存在していました。
通常であれば、
この条件では作物の生育は悪くなるはずです。
実際、
土壌サンプルを使った試験では、
トウモロコシの成長は最も低いレベルを示していました。
ところが、
この畑では、
現地では多くの野菜が安定して収穫できていた、
という点が紹介されていました。
地力の捉え方を揺さぶる存在
この例外的な畑では、
他とは異なる微生物構成が確認され、
さらに、
固定種を同じ場所で連作するという、
独特の栽培方法が取られていたそうです。
データだけを見ると、
「地力が低い」と判断されかねない条件で、
実際の栽培はうまくいっている。
この事例は、
これまで整理してきた
「炭素が多いほどよい」
「窒素が多いほどよい」
といった単純な理解に、
一つの問いを投げかけているようにも感じました。
地力とは何か。
どこまでが一般化でき、
どこからが個別の関係性なのか。
この疑問は、
次の章で扱われる
固定種の連作によって成立していると考えられる、
もう一つの可能性へと、
自然につながっていきます。
固定種の連作が示す、もう一つの可能性(仮説)
前章では、
土壌炭素量や窒素量、
微生物の活動量といった指標から、
地力が上がっていく畑の一般的な傾向を見てきました。
一方で、
そうした傾向から大きく外れる、
例外的な畑が存在していたことも紹介されていました。
この章では、
その畑で行われていた独特の栽培方法と、
そこから考えられる可能性について整理していきます。
固定種の連作という特殊な栽培方法
紹介されていた畑では、
同じ固定種の作物を、
同じ場所で連作するという方法が取られていました。
さらに特徴的だったのは、
- 土壌表面にシートを敷く
- 収穫後の葉や残さを土に戻さず、すべて持ち出す
といった管理が行われていた点です。
この方法では、
一般的な有機物投入とは逆に、
土壌中の炭素が不足しやすい状態、
いわゆる「炭素飢餓」に近い環境がつくられます。
通常の考え方では、
炭素が少なければ、
微生物の活動も低下し、
地力は上がらないと考えられがちです。
しかし、この畑では、
土壌中の窒素濃度が低いにもかかわらず、
実際の栽培では多くの野菜が安定して収穫できていました。
根からの分泌物と微生物の共生(仮説)
この現象については、
十分なデータが取れず、
時間的な制約もあったため、
仮説としての説明にとどめられていました。
その仮説とは、
作物の根から分泌される有機物が、
根の周囲に集まる微生物の種類を、
強く選別しているのではないか、
というものです。
つまり、
- 土壌全体では炭素が少ない
- その代わり、根の周囲では、
根から供給される有機物がエネルギー源になる
という環境が生まれ、
特定の微生物が根の近くで優占する可能性が考えられます。
その微生物が、
根から供給されたエネルギーを使って窒素固定を行い、
生成された窒素を、
作物自身が直接利用している、
という流れです。
連作でも病害が出にくい理由(仮説)
さらにこの畑では、
連作にもかかわらず、
土壌病害がほとんど見られなかったことも紹介されていました。
これについても、
確定的な説明はされていませんが、
根の周囲で優占している微生物群集が、
病原菌の侵入余地を与えない状態をつくっている、
という可能性が示唆されていました。
ただし、この関係は、
- 特定の固定種
- 特定の微生物群集
という、
非常に限定された一対一の共生関係で
成り立っている可能性も高く、
少し条件が変わるだけで、
成立しなくなるリスクもあるとされています。
一般化できないからこそ見えるもの
この固定種連作の事例は、
すぐに真似できる技術として
紹介されているわけではありません。
むしろ、
再現性が低く、
リスクも高い方法だと言えます。
それでもこの事例が重要なのは、
地力や窒素供給を、
- 土壌全体の数値
だけでなく、 - 作物と微生物の局所的な関係
として捉える視点を、
提示してくれている点にあります。
これまでの章で見てきた、
有機物を供給し、
時間をかけて微生物を増やし、
窒素固定を安定させていく、
という「王道」とは異なる形が、
存在し得ることを示しているようにも感じました。
それでも残る「時間」という要素
ただし、
この事例はあくまで例外的なものであり、
自然栽培の基本的な考え方を
置き換えるものではありません。
多くの場合、
自然栽培では、
- 有機物を供給し
- 微生物の働きを引き出し
- 時間をかけて地力を育てていく
というプロセスが必要になります。
このとき中心的な役割を担うのが、
窒素固定に関わる細菌群です。
次の章では、
こうした窒素固定細菌が、
どのように増えていくのか、
そして、
地力が上がるまでに
どれくらいの時間がかかるのか、
という点を整理していきます。
地力を高める窒素固定細菌と時間軸
前章では、
固定種の連作によって成立している可能性のある、
例外的な自然栽培の姿を見てきました。
ただし、
こうした事例は再現性が低く、
多くの圃場でそのまま適用できるものではありません。
現実的な自然栽培を考えるうえでは、
やはり、
時間をかけて地力を育てていくプロセスを
基本として捉える必要があります。
その中心に位置づけられていたのが、
窒素固定に関わる細菌群の存在でした。
地力と強く関係する窒素固定細菌
セミナーでは、
畑における窒素固定の中心を担っている細菌群として、
Rhizobiales(リゾビア目)と呼ばれるグループが紹介されていました。
このグループについて調べた研究では、
- Rhizobialesの割合が高い土壌ほど、
トウモロコシの成長が良い
という関係が確認されています。
ここで重要なのは、
特定の一種類の細菌が窒素固定をしている、
という話ではない点です。
複数の細菌が集団として存在し、
全体として窒素固定に関わっている、
という整理がされていました。
自然栽培では、
「どの菌を入れるか」よりも、
窒素固定に関わる細菌群が育つ環境ができているか
が重要になることが、
改めて強調されていました。
年数によって変化する土壌の姿
窒素固定細菌は、
環境が整えばすぐに増える、
というものではありません。
自然栽培に転換した圃場を、
年数ごとに比較したデータでは、
次のような傾向が示されていました。
- 年数が増えるにつれて、土壌炭素量が増加する
- それに伴って、Rhizobialesの割合も増加する
- 作物の生育や収量も、徐々に向上していく
たとえば、
自然栽培に転換してから4年目と9年目の圃場を比べると、
土壌炭素量、
窒素固定細菌の割合、
作物の成長量のいずれも、
9年目の方が高い値を示していました。
このことから、
地力は一時的に跳ね上がるものではなく、
時間とともに積み重なっていく性質のもの
だということが読み取れます。
施肥と無施肥の比較が示す「時間差」
さらに興味深かったのが、
施肥区と無施肥区を、
年数ごとに比較したデータです。
短期間では、
施肥区と無施肥区で、
窒素固定細菌の割合に
大きな差は見られませんでした。
しかし、
6年ほど経過すると、
無施肥区の方が、
窒素固定細菌の割合が明確に高くなる、
という結果が示されていました。
このデータからは、
自然栽培で地力が上がるまでには、
少なくとも数年単位の時間が必要になる
という現実が見えてきます。
即効性はありませんが、
時間をかけることで、
外部投入に頼らない窒素供給の仕組みが、
徐々に整っていく、
という理解ができそうです。
時間を「待つ」だけでよいのか
ここまでを見ると、
自然栽培では、
「時間が解決してくれる」
という印象を持つかもしれません。
ただし、
時間が経てば自動的に地力が上がる、
というわけではありません。
窒素固定細菌が増えていくためには、
- 有機物が供給されていること
- 分解が進む環境があること
- 窒素固定が起こりやすい条件が維持されていること
といった前提条件が必要になります。
つまり、
時間をかけて待つことと同時に、
その時間が意味を持つような環境をどう整えるか
が重要になります。
この「環境をどうつくるか」という点で、
次に出てくるのが、
有機物管理の考え方や、
菌ちゃん農法のような実践的な手法です。
次の章では、
有機物の入れ方や管理の仕方を、
微生物の分解と窒素固定という視点から捉え直し、
菌ちゃん農法が、
どのような位置づけにあるのかを整理していきます。
有機物管理と菌ちゃん農法の位置づけ
前章では、
窒素固定細菌が増え、
地力が高まっていくまでには、
数年単位の時間が必要であることを見てきました。
同時に、
その時間が意味を持つためには、
単に待つだけではなく、
微生物が働ける環境を整えておくことが重要である、
という点も整理されていました。
その環境づくりの中心にあるのが、
有機物の管理です。
有機物管理は「量」よりも「分解のされ方」
自然栽培では、
有機物を入れるか入れないか、
という二択で語られることがあります。
しかし今回のセミナーでは、
それよりも、
- 有機物が、どのような形で
- どのような環境に置かれ
- どこまで分解が進むのか
という点が重要だと整理されていました。
有機物を投入しても、
- 分解が進まない
- エネルギーが微生物に渡らない
状態では、
窒素固定までつながりません。
逆に言えば、
有機物の量がそれほど多くなくても、
分解がスムーズに進む環境が整っていれば、
窒素供給につながる可能性は高まります。
土壌有機物を増やすための基本的な考え方
セミナーでは、
土壌中の有機物(炭素)を増やす管理として、
次のような方法が整理されていました。
- 緑肥やワラなどによる有機物の供給
- リビングマルチなどで、炭素の流入を継続させる
- 不耕起・減耕起によって、分解を抑えすぎない
ここでのポイントは、
単純に「たくさん入れる」ことではなく、
分解が続く状態を保つことです。
有機物が一気に分解されてしまうと、
その後のエネルギー供給が途切れますし、
逆に分解が進まなければ、
そもそも窒素固定まで届きません。
菌ちゃん農法が示す一つの整理の仕方
こうした有機物管理の考え方を、
比較的わかりやすい形で示している例として、
菌ちゃん農法が紹介されていました。
菌ちゃん農法では、
- 高畝にして排水性と通気性を確保する
- 上層には分解が早い有機物
- 下層には分解が遅い有機物
という構造をつくります。
これによって、
- 真菌が活動しやすい好気的環境が確保され
- 分解が段階的に進み
- そのエネルギーが、時間差で窒素固定につながる
という流れがつくられます。
セミナーでは、
この高畝の構造によって、
春に畝を作ると、
2〜3か月後に作物の生育が急に良くなる、
といった現象が説明されていました。
これは、
真菌による分解に時間がかかり、
その後に窒素固定が本格化する、
という時間差を反映していると考えられます。
菌ちゃん農法は「特別な技術」なのか
ここで重要なのは、
菌ちゃん農法を、
特別な農法や流派として捉えるのではなく、
分解と窒素固定という原理を、
構造として整理した一つの方法
として理解することだと思います。
つまり、
- 有機物をどう配置するか
- 空気と水の通り道をどうつくるか
- 分解が途切れない時間構造をどうつくるか
といった点を、
具体的な形に落とし込んだ例が、
菌ちゃん農法だと考えることができます。
その意味では、
菌ちゃん農法は、
自然栽培における有機物管理の「答え」ではなく、
一つの整理の仕方として位置づけるのが、
しっくりくるように感じました。
さらに踏み込んだ微生物への関与
有機物管理や畝の構造によって、
分解と窒素固定の環境を整える、
という考え方は、
自然栽培の基本線と言えます。
一方で、
ここからさらに一歩踏み込み、
特定の微生物の働きに着目した手法も、
いくつか紹介されていました。
それが、
光合成細菌やバチルス菌といった微生物を
活用する試みです。
次の章では、
こうした微生物が、
どのような条件で窒素固定に関わるのか、
そして、
現時点ではどこまでが分かっていて、
どこからが未知なのかを整理していきます。
光合成細菌・バチルス菌と新しい可能性
前章では、
有機物の配置や分解環境を整えることで、
微生物の働きを引き出し、
窒素固定につなげていく考え方を見てきました。
今回のセミナーでは、
その延長線上として、
特定の微生物の働きに着目したアプローチについても、
いくつかの事例が紹介されていました。
それが、
光合成細菌とバチルス菌を活用する試みです。
光合成細菌とはどのような微生物か
光合成細菌は、
名前の通り光合成を行う細菌ですが、
植物とは異なり、
酸素を発生させない光合成を行う点が特徴です。
主に、
- 嫌気的な環境に生息する
- 水田や湿潤な土壌などで見られる
- 有機物や硫化水素などを利用する
といった性質を持っています。
今回のセミナーでは、
光合成細菌単体が重要なのではなく、
他の微生物との関係性の中で
どのような役割を果たしているか、
という点に焦点が当てられていました。
光合成細菌とバチルス菌の共生関係
興味深かったのは、
光合成細菌とバチルス菌(いわゆる納豆菌の仲間)が、
共生関係をつくることで、
窒素固定が促進される可能性がある
という説明です。
講義では、
- 光合成細菌だけでは窒素固定は起こらない
- バチルス菌だけでも窒素固定は起こらない
- 両者がそろうことで、窒素固定が進む
という整理がされていました。
バチルス菌は、
粘着性のある物質を出し、
局所的に嫌気的な環境をつくる性質があります。
また、
有機物を分解して得られるエネルギー源を、
光合成細菌に供給すると考えられています。
このように、
微生物同士の関係性によって、
単独では起こらない反応が立ち上がる、
という点は、
これまで見てきた
真菌と細菌の役割分担とも重なります。
ヤマカワプログラムという試み
セミナーでは、
光合成細菌とバチルス菌の働きを活かす方法として、
ヤマカワプログラムと呼ばれる手法も紹介されていました。
これは、
- 光合成細菌
- 硬盤層土壌の煮沸液(土壌スープ)
- 少量の栄養源
を組み合わせたもので、
土壌中の微生物環境に変化を与える試みです。
この方法では、
土壌が柔らかくなり、
硬盤層が破壊され、
作物の根が深く伸びる、
といった現象が報告されているそうです。
バチルス菌を含む微生物の働きによって、
土壌構造そのものに変化が起こっている可能性が示唆されていました。
分かっていないことが多い領域
ただし、
この分野については、
まだ研究者も少なく、
なぜそのような現象が起こるのかを
化学的・生物学的に説明できていない部分が多い
という点も、
はっきりと共有されていました。
つまり、
- 効果が報告されている事例はある
- しかし再現性や条件の整理は十分ではない
- 一般化できる段階にはまだ至っていない
という位置づけです。
今回のセミナーでも、
これらの手法は、
「すぐに導入すべき技術」としてではなく、
可能性の一つとして紹介されている
という印象を受けました。
微生物への「関与」の度合いという視点
ここまで見てきたように、
自然栽培には、
- 有機物管理によって環境を整える方法
- 特定の微生物の働きに、ある程度関与する方法
といった、
関与の度合いが異なるアプローチが存在します。
光合成細菌やバチルス菌の活用は、
自然栽培の中でも、
比較的「関与度の高い」手法に位置づけられると考えられます。
この点は、
自然栽培をどう捉えるか、
どこまで人が関与するか、
という考え方の違いとも関わってきます。
次の章では、
こうした違いを整理するために、
自然栽培を3つのタイプに分けて考える視点と、
そこから見えてくる今後の展望について、
まとめていきます。
自然栽培の3つのタイプと、これからの展望
ここまでの章では、
畑における自然栽培の技術を、
土壌条件、微生物の働き、
有機物管理や時間軸といった視点から整理してきました。
第13回のセミナーでは、
これらの内容を踏まえたうえで、
自然栽培をいくつかのタイプに分けて捉える視点が示されていました。
これは、
どれが正解かを決めるための分類というよりも、
自然栽培との関わり方の違いを整理するための枠組み
として提示されたものだと受け取っています。
放置型自然栽培
一つ目は、
放置型自然栽培です。
このタイプは、
人がほとんど関与せず、
自然の成り行きに任せる形の自然栽培です。
- 施肥や資材投入を行わない
- 管理も最小限にとどめる
- 収量の増加はあまり期待しない
といった特徴があります。
自然の力に委ねるという意味では、
もっとも純粋な形とも言えますが、
作物生産という観点では、
安定性や再現性の面で限界があることも示されていました。
待機型自然栽培
二つ目が、
待機型自然栽培です。
これは、
一定期間、有機栽培などを行いながら、
土壌微生物の変化と地力の向上を待ち、
徐々に無施肥・無農薬へと移行していく方法です。
- 微生物の変化はゆっくり進む
- 収量が安定するまでに時間がかかる
- 研究データが比較的多く、再現性が高い
これまでのセミナーで紹介されてきた
多くの研究やデータは、
この待機型自然栽培を前提に整理されていると理解できます。
一方で、
成果が出るまでに時間を要するため、
その準備期間をどう捉えるかは、
実践者にとって一つの判断ポイントになると感じました。
関与型自然栽培
三つ目が、
関与型自然栽培です。
このタイプでは、
- 土壌微生物の変化に、ある程度人が関与する
- 準備期間を短縮し、早期の収量確保を目指す
- 地力が立ち上がった後は、投入を最小限にする
といった考え方が取られます。
菌ちゃん農法のように、
有機物の配置や分解環境を意図的に整える方法は、
この関与型自然栽培の文脈で理解しやすいと感じました。
また関与型の中には、
有機物管理だけでなく、
土壌中の微生物環境に影響を与える資材を、
補助的に用いる考え方も含まれます。
ただし、それらは肥料として栄養を与えるものではなく、
窒素固定や分解のプロセスが立ち上がりやすい
状態を補助的につくるものとして紹介されていました。
関与型自然栽培については、
長期的なデータがまだ十分にそろっておらず、
時間が経ったときに、
自然栽培としてどのような状態に落ち着くのかは、
未知の部分も多いとされています。
タイプ分けが示しているもの
この3つのタイプは、
優劣をつけるためのものではなく、
- どこまで人が関与するのか
- どの時間軸で結果を求めるのか
- どのような前提条件を受け入れるのか
といった、
選択の違いを整理するための枠組みとして
提示されていました。
自然栽培は、
無肥料・無農薬という一点だけで語れるものではなく、
その裏側には、
多様な関わり方と考え方の幅が存在している。
第13回のセミナーは、
そうした自然栽培の全体像を、
改めて整理する回だったように感じます。
もちまるの感じたこと(個人的感想として)
今回のセミナーでは、
畑における自然栽培の技術について、
土壌条件から微生物の働き、
時間軸までを通して整理することができました。
個々の技術や手法というよりも、
自然栽培がどのような構造の上に成り立っているのかを、
一段引いた視点で見直す回だったように感じています。
「何をするか」よりも「どう理解するか」
セミナーを通して改めて強く感じたのは、
自然栽培は、
特別な資材や裏技によって成立するものではなく、
畑の中で起きているプロセスをどう理解するか
が出発点になる、という点でした。
排水性や日当たり、風通しといった土地の条件、
土壌タイプやpH、
有機物の分解と窒素固定の循環。
これらは、
新しい知識というよりも、
これまでの回を通して繰り返し示されてきた、
自然栽培の前提条件だと思います。
だからこそ今回の内容は、
「新しい発見」というよりも、
これまでの理解が、畑という具体的な場面にどう落とし込まれるのか
を確認する回だったように受け止めています。
地力は「結果」であって「目的」ではない
データや事例を見ていて印象に残ったのは、
地力という言葉の捉え方です。
地力は、
上げようとして直接操作できるものではなく、
有機物の分解や微生物の働き、
時間の積み重ねの結果として、
後から見えてくるものなのだと、
改めて整理されたように感じました。
特に、
例外的な固定種連作の事例が示していたように、
数値だけでは測れない関係性が存在することも、
自然栽培の難しさであり、
同時に面白さでもあるのだと思います。
自然栽培との距離感について
自然栽培を3つのタイプに分けて考える視点は、
「どれを選ぶべきか」という話ではなく、
自分がどこまで関与し、
どの時間軸で向き合うのかを考えるための整理
だと感じました。
時間をかけて待つやり方もあれば、
環境づくりにある程度関与するやり方もある。
そのどちらが正しいというより、
置かれた状況や目的によって、
選択肢が変わってくるのだと思います。
今回のセミナーを通して、
自然栽培は一つの完成された方法というよりも、
考え方の幅を持った取り組みなのだと、
よりはっきり認識できた気がします。
これからについて
自然栽培は、
無肥料・無農薬という言葉だけで理解すると、
どうしても単純なイメージになりがちです。
しかし実際には、
土地条件をどう読むか、
微生物のプロセスをどう捉えるか、
時間をどう受け入れるかといった、
判断の積み重ねの上に成り立っています。
今回までのセミナーを通して、
少なくとも、
「何となく始める自然栽培」ではなく、
考えながら関わっていく自然栽培
というイメージは、
かなり具体的になってきました。
すぐに答えが出るものではありませんが、
だからこそ、
自分の畑や環境に合わせて、
少しずつ理解を深めていく余地がある。
今回の第13回は、
そうした自然栽培との向き合い方を、
一度立ち止まって考えるきっかけになる回だったと感じています。
▶ 次回レポート
第14回「(準備中)」
次回、ご期待ください

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