この記事の要約
本記事は、自然栽培セミナー第11回の内容をもとに、
「自然栽培は経営的に持続可能な農業なのか」 というテーマについて学んだことをまとめたレポートです。
これまでのセミナーで整理してきた
土壌の循環や微生物の働きといった技術的な理解を踏まえつつ、
第11回では、日本農業の現状や生産コスト、販売価格、収益構造といった
現実的な経営の視点 から自然栽培が検討されました。
本記事では、
- 無肥料でも成り立つ自然栽培の循環構造の整理
- 低収量と高収量を分ける「循環の大きさ」という考え方
- 資源と条件という二つの管理軸
- 各地で進んでいる自然栽培の具体的な事例
- 数字から見た自然栽培の収益性と課題
- 食味や加工適性といった付加価値の背景
といったポイントを、
断定を避けながら順に整理しています。
自然栽培を理想論としてではなく、
続けられる農業の一つの選択肢としてどう捉えられるのか。
その可能性と現時点での位置づけを、
もちまる視点でまとめた第11回レポートです。
このレポートは、
自然栽培セミナー全15回を「もちまる視点」で追いかける連載企画の第11回です。
▼ この連載をまとめて読む
→ もちまる自然栽培セミナー・全話まとめガイドはこちら
https://sanseitohow.com/natural-farming-series-2/
はじめに
本記事は、自然栽培セミナー第11回の内容をもとに、
「自然栽培を経営の視点からどう捉えるか」というテーマでまとめたレポートです。
これまでのセミナーでは、
無肥料でも作物が育つ仕組みや、土壌の中で起きている循環について、
窒素や微生物、ミネラルといった技術的な側面を中心に学んできました。
第11回は、その理解を一度整理し直したうえで、
自然栽培が実際の農業として成立するのか、
という現実的な問いに踏み込んでいく回だったように感じています。
自然栽培は、思想や理想として語られることも多い一方で、
続けていくためには、収量・コスト・販売価格といった
経営の視点を避けて通ることはできません。
今回のセミナーでは、具体的な数値や事例をもとに、
自然栽培がどのような条件で成り立ち、
どこに可能性があり、どこに課題があるのかが示されていました。
本記事では、
土壌の循環というこれまでの学びを土台にしながら、
自然栽培を「続けられる農業」として捉え直していきます。
技術の復習と経営的な視点がどのようにつながっていくのか、
一つずつ整理していければと思います。
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第10回「無肥料なのに、なぜ枯渇しない?自然栽培土壌の『ミネラル循環』を学んだ日」
https://sanseitohow.com/natural-farming-soil-mineral-cycle-report10/
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第12回「水田ではどう扱う?自然栽培の技術を学んだ日」
https://sanseitohow.com/natural-farming-paddy-field-technique-12/
無肥料でも作物が育ち続ける理由を、もう一度整理する
自然栽培という言葉から、
「肥料を入れない」「何もしない」という印象を受けることがあります。
しかし、ここまでのセミナーを通して学んできた内容を振り返ると、
その理解は少しずれているように感じます。
無肥料で作物が育つという現象は、
何も起きていない状態 ではなく、
むしろ土壌の中で多くの働きが同時に進んでいる結果でした。
作物は「栄養」を直接つくっているわけではない
まず前提として、
作物は土からそのまま栄養を吸い上げて成長しているわけではありません。
作物が成長するために必要なのは、
- 光合成によってつくられる炭水化物
- それを支える窒素やミネラル
ですが、これらは単独で存在しても意味を持ちません。
土壌の中で、微生物を介した変換と循環 があって、
初めて作物が利用できる形になります。
窒素は「入れるもの」ではなく「生み出されるもの」だった
特に重要なのが窒素です。
一般的な栽培では、窒素は肥料として外から与えるものと考えられています。
一方、自然栽培では、
大気中に大量に存在する窒素が、
土壌中の微生物によって固定される というルートが前提になります。
ここで整理しておきたいポイントは次の通りです。
- 大気中の窒素は無尽蔵に存在している
- 窒素固定は微生物の代謝反応によって起こる
- その反応にはエネルギーが必要になる
つまり、
無肥料でも窒素が供給されるかどうかは、
微生物が活動できる条件が整っているか にかかっています。
自然栽培の土壌では、循環が内側で成り立っていく
慣行栽培では、
肥料を入れる → 作物が吸収する
という一直線の流れが基本になります。
一方、自然栽培では、
- 作物が光合成で有機物をつくる
- その有機物が土壌に戻る
- 微生物が分解し、エネルギーを得る
- そのエネルギーで窒素固定が起きる
- 作物に再び栄養が供給される
という 循環構造 が生まれます。
この循環が回り始めると、
外から肥料を投入しなくても、
土壌の中で栄養がつくられ、使われ、また戻ってくる、
という状態が維持されます。
無肥料=低収量、ではなかった理由
ここまで整理すると、
「無肥料なのに育つ理由」は、
特別な奇跡でも精神論でもないことが見えてきます。
重要なのは、
- 微生物が働くためのエネルギー源があること
- 環境条件(pHや水分など)が適切であること
この二つが揃えば、
無肥料であっても作物は育ち続ける、
という構造が成り立ちます。
ただし、ここで一つ疑問が残ります。
同じように無肥料で管理しているのに、
高い収量を維持できる圃場と、低収量のまま停滞する圃場があるのはなぜか
という点です。
この違いは、
「やり方が正しいかどうか」だけでは説明しきれません。
次章では、
この差を生み出している要因を、
循環の「有無」ではなく「大きさ」 という視点から整理していきます。
自然栽培では、
循環が回っているかどうか以上に、
どの水準で回っているか が、収量を大きく左右していました。
自然栽培は「循環の大きさ」で収量が決まる
前章では、
無肥料でも作物が育ち続ける理由を、
土壌の中で成り立つ循環という視点から整理しました。
ここで、もう一段踏み込んで考えたいのが、
同じように循環が成り立っているはずなのに、なぜ収量に大きな差が出るのか
という点です。
自然栽培では、
「育つか・育たないか」という二択ではなく、
どの水準で育つか という違いがはっきりと現れます。
低収量と高収量は、別の農法ではなかった
セミナーで繰り返し示されていたのは、
低収量の自然栽培と、高収量の自然栽培は、
やっていることが本質的に違うわけではない、という点でした。
どちらも、
- 無肥料で
- 微生物の働きに依存し
- 作物と土壌の循環の中で生産している
という意味では同じです。
それでも結果が大きく分かれる理由は、
循環そのものの「大きさ」 にありました。
循環が小さいと、低い水準で回り続ける
自然栽培を始めた初期段階では、
多くの場合、循環はまだ小さい状態からスタートします。
- 作物の生育量が少ない
- 生産される有機物も少ない
- 微生物が使えるエネルギーも限られる
この状態では、
窒素固定に回せるエネルギーも少なく、
結果として生育は控えめになります。
すると、
生育が弱い
→ 有機物があまり増えない
→ 微生物活動も大きくならない
という流れが続き、
低い水準の循環が、そのまま維持されていく ことになります。
循環が大きくなると、高い水準で安定する
一方、高収量の自然栽培圃場では、
まったく逆のことが起きています。
- 作物がよく育ち
- 光合成量が多く
- 土壌に戻る有機物も増える
その有機物が分解されることで、
微生物が使えるエネルギーが増え、
窒素固定も活発になります。
すると、
生育が良い
→ 有機物が増える
→ 微生物活動が高まる
→ さらに生育が良くなる
という、
高い水準の循環が維持される状態 に入っていきます。
ここで重要なのは、
一度この状態に入ると、
多少の条件変動があっても大きく崩れにくい、
という点です。
自然栽培とは「循環を育てる農業」だった
この話を聞いて感じたのは、
自然栽培とは、
作物を直接増やす農法ではなく
循環そのものを大きくしていく農法
なのだということでした。
施肥によって一時的に生育を押し上げるのではなく、
作物・微生物・土壌が関わる循環全体を、
少しずつ育てていく。
その結果として、
収量も自然に変わっていく、
という構造です。
では、循環の大きさは何で決まるのか
ここまで整理すると、
次の疑問が浮かびます。
循環を大きくするか、
低いままに留まるかは、
何によって決まるのか。
セミナーで示されていた答えは、
意外なほどシンプルでした。
それは、
- 微生物が使える 資源 があるか
- 微生物が働ける 条件 が整っているか
この二つです。
次章では、
循環の大きさを左右しているこの
「資源」と「条件」 という二つの管理軸について、
もう少し具体的に整理していきます。
自然栽培の技術は、
ここから一気に「設計」という言葉に近づいていきます。
微生物を動かすのは「資源」と「条件」だった
前章では、
自然栽培の収量は、
循環が「あるか・ないか」ではなく、
どの水準で回っているか によって決まることを整理しました。
では、その循環の大きさは、
人がどこまで関与できるものなのでしょうか。
セミナーで示されていた答えは、
とても整理されたものでした。
微生物の働きは「二つの要素」で決まる
土壌中の微生物を取り巻く環境は、
大きく分けて、次の二つに整理できると説明されていました。
- 資源
- 条件
一見似ているようですが、
この二つは性質がまったく異なります。
「資源」は、使われて減っていくもの
まず、資源とは何か。
セミナーでは、資源を次のように位置づけていました。
- 有機物
- 炭素源
- 窒素固定に必要なエネルギー源
これらは、
微生物が呼吸し、活動するために消費されるものです。
使われれば減り、
補われなければ、やがて枯渇します。
循環が小さい圃場では、
- 有機物が少ない
- 微生物のエネルギーが不足する
- 窒素固定に回せる余力がない
という状態に陥りやすくなります。
その結果、
循環は低い水準のまま固定されてしまいます。
「条件」は、消費されない環境要素
一方で、条件は性質が異なります。
条件として挙げられていたのは、
- 土壌pH
- 水分・湿度
- 酸素の状態
といった、
微生物が活動しやすいかどうかを左右する環境要因です。
これらは、
- 使われても減らない
- 一度整えると、比較的安定しやすい
という特徴があります。
つまり、
資源が「燃料」だとすれば、
条件は「エンジンが回る環境」と言えるかもしれません。
資源だけでも、条件だけでも循環は大きくならない
ここで重要なのは、
どちらか一方だけでは不十分だという点です。
- 有機物(資源)があっても、
pHや水分条件が合っていなければ、微生物は十分に働けない - 条件が整っていても、
使える有機物がなければ、活動は広がらない
自然栽培の技術とは、
この 資源と条件の両方をどう整えるか
という点に集約されていました。
人ができるのは「微生物を操ること」ではなかった
ここで印象的だったのは、
セミナー全体を通して、
「微生物を直接どうこうする」という話が
ほとんど出てこなかったことです。
代わりに繰り返し強調されていたのは、
- 十分なエネルギーが回るか
- 働きやすい環境があるか
という、
間接的な関与 でした。
自然栽培とは、
微生物をコントロールする農法ではなく、
微生物が働かざるを得ない状況を整える農法
なのだと、ここで改めて感じました。
この考え方は、すでに現場で実践されている
そして、この「資源と条件」という整理は、
理論の話にとどまりません。
次章で見ていくように、
全国各地の自然栽培の現場では、
- 有機物の入れ方
- 圃場条件の整え方
- 地域特性に応じた工夫
を通して、
この考え方がすでに具体的な形として実践されています。
次章では、
岡山、石川、酒造会社の水田、耕作放棄地の再生など、
実際に自然栽培が広がっている事例をもとに、
理論がどのように現場で生かされているのか
を見ていきます。
ここから話は、
机上の整理から、現実の風景へと移っていきます。
実際に広がっている自然栽培の現場事例
ここまでの章では、
自然栽培を成り立たせている仕組みを、
循環・資源・条件という視点から整理してきました。
ただ、これらが理屈として理解できても、
「本当に現場で成り立っているのか」という点は、
やはり気になるところです。
第11回のセミナーでは、
自然栽培がすでに各地で実践され、
一定の成果を上げている具体例がいくつも紹介されました。
組織や地域単位で取り組まれている自然栽培
まず印象的だったのは、
自然栽培が個人の取り組みにとどまらず、
組織的・地域的な枠組み で進められている事例が増えていることです。
たとえば、
- NPOが中心となり、
技術指導・生産・販売を分担して行うモデル - 行政や農協が関与し、
移住促進や地域再生と結びつけた取り組み
といった形で、
自然栽培が「一部のこだわり農家のもの」から、
地域の農業として位置づけられ始めている様子が伝わってきました。
高収量に至るまでには「時間」が必要だった
こうした事例の多くに共通していたのは、
最初から高い収量が出ていたわけではない、という点です。
- 開始当初は収量が低く
- 年数をかけて土壌が育ち
- 10年程度で慣行栽培に近い、あるいはそれを超える水準に達する
という経過が、繰り返し示されていました。
ここから見えてくるのは、
自然栽培は「一発逆転の農法」ではなく、
循環が育つまでの時間を前提とした農法 だということです。
有機物が循環を押し上げた具体例
現場事例の中で、
第3章の「資源と条件」という整理が
そのまま当てはまると感じた場面もありました。
ある水田では、
- 砂質で有機物が極端に少なく
- 数年続けても収量が上がらない
という状況が続いていました。
しかし、
- 籾殻などの有機物を投入した区画では
- 明らかに生育が改善し
- 投入していない区画との差がはっきり出た
という報告がありました。
これは、
有機物が分解され
→ 微生物のエネルギー源となり
→ 窒素固定が活性化された
という、前章までで整理してきた流れが、
そのまま現場で確認された例 だと感じました。
作物や地域によって形は違っていた
また、自然栽培が実践されている作物も多様でした。
- 稲
- 野菜
- 畑作物(大豆、トウモロコシなど)
- 茶や果樹
それぞれ、
- 気候条件
- 流通の形
- 消費地との距離
が異なるため、
まったく同じやり方が使われているわけではありません。
それでも共通していたのは、
- 外から肥料を入れないこと
- 微生物の循環を止めないこと
- 条件と資源を丁寧に整えること
という、考え方の軸 でした。
技術が広がり始めた今だからこそ見えるもの
セミナーでは、
自然栽培の技術が広まり始めたのは2010年頃で、
理論と技術がある程度整理されてきたのは2020年以降、
という時間軸も示されていました。
まだ発展途上である一方、
裏を返せば、
- 改善の余地が多く
- これから洗練されていく余白がある
ということでもあります。
次に問われるのは「続けられるかどうか」
ここまでの事例を見ると、
自然栽培が現場で成立していること自体は、
すでに確認できる段階に来ているように感じます。
ただし、
もう一つ避けて通れない問いがあります。
それは、
経営として本当に成り立つのか
という点です。
次章では、
生産コスト、規模、販売価格といった数字をもとに、
自然栽培がどのような経営構造を持っているのかを整理していきます。
技術が現場に根づくためには、
「続けられる形」であることが不可欠です。
その現実的な側面を、ここから見ていきます。
自然栽培が成立する経営構造を数字で見る
前章では、
自然栽培がすでに各地の現場で実践され、
一定の成果を上げている事例を見てきました。
では、その取り組みは、
経営として本当に成り立っているのか。
第11回のセミナーでは、この点についても、
具体的な数字をもとに整理が行われていました。
生産コストは「ゼロ」になるわけではない
まず押さえておきたいのは、
無肥料・無農薬だからといって、
生産コストが劇的にゼロに近づくわけではない、という点です。
農業の生産費には、
- 肥料費
- 農薬費
- 種苗費
- 機械費
- 労賃
- 光熱動力費
など、さまざまな要素が含まれています。
水稲の場合、
肥料・農薬の占める割合は全体の 2〜3割程度 で、
特に機械費や労働費の比重が大きいことが示されていました。
つまり、
無肥料・無農薬にしたからといって、
生産費全体が半分以下になる、
という単純な話ではありません。
規模が大きくなるほど、コストは下がっていく
一方で、
生産費の推移を規模別に見ると、
はっきりとした傾向も示されていました。
- 小規模では、10aあたりの生産費が高い
- 規模が拡大するにつれて、単位面積あたりの生産費は下がる
特に影響が大きいのは、
- 機械費
- 労賃
といった固定費的な要素です。
この点は、
自然栽培であっても、慣行栽培であっても共通で、
規模拡大によるコスト低下効果は無視できない
という現実が確認されていました。
自然栽培の強みは「コスト削減」より「価格」にあった
ここで、
自然栽培の経営的な特徴として、
特に強調されていた点があります。
それは、
生産コストの低下よりも、販売価格の高さ
が、収益性を大きく左右しているということです。
実際に示されていたデータでは、
- 慣行栽培米:
おおよそ 800〜1000円/kg - 自然栽培米:
1200〜2000円/kg
と、価格帯がほとんど重なっていませんでした。
自然栽培米は、
慣行栽培米のおよそ 2倍前後の価格 で取引されており、
それでも多くの場合、完売している、
という現状が紹介されていました。
収量が多少低くても、収益は逆転する
セミナーでは、
収量と価格、生産費を組み合わせた
収益シミュレーションも示されていました。
そこから見えてきたのは、
- 収量が慣行栽培より少なくても
- 価格が高く
- 生産費がやや低い
という条件がそろうと、
最終的な利益は自然栽培の方が大きくなる
という構造です。
特に印象的だったのは、
規模が広がるほど、その差が拡大していく点でした。
自然栽培がうまく回り始めると、
- 赤字になりにくい
- 損益分岐点が低い
- 設備更新を検討できる余地が生まれる
といった、
「続けられる農業」としての条件が整っていくことが示されていました。
付加価値があるからこそ、経営が成り立つ
ここまで数字を見てきて感じたのは、
自然栽培の経営を支えているのは、
単なる節約ではない、ということです。
むしろ中心にあるのは、
- 安心感
- 加工適性
- 食味の良さ
といった、
付加価値として評価されている部分 でした。
価格が高くても選ばれる背景には、
「無肥料だから」だけではない理由がある、
という点が、数字からも読み取れます。
次に浮かぶ疑問:「なぜ、そこまで評価されるのか」
経営として成り立つ理由を整理していくと、
自然と次の疑問が浮かびます。
なぜ自然栽培の作物は、
ここまで高く評価され、
高い価格でも選ばれるのか。
次章では、
米・野菜・果樹のデータをもとに、
自然栽培の作物が「美味しい」と感じられる理由
について、断定を避けながら整理していきます。
ここから話は、
数字の裏側にある「価値の中身」へと進んでいきます。
なぜ自然栽培の作物は美味しくなるのか
前章では、
自然栽培が経営として成り立っている理由の一つに、
高い付加価値 があることを数字から確認しました。
では、その付加価値の中身は何なのか。
セミナーでは、その大きな要素として
「美味しさ」が繰り返し取り上げられていました。
米の食味は「タンパク含量」が左右する
まず紹介されていたのが、
自然栽培米と慣行栽培米の タンパク含量 の違いです。
一般に、米はタンパク質が高いほど、
- 雑味が出やすく
- 食味が落ちる
とされています。
セミナーで示されていたデータでは、
- 慣行栽培米よりも
- 自然栽培米の方が
- 玄米タンパク含量が低い
という傾向が確認されていました。
このため、
自然栽培米は、
おかずがなくても食べられるほど美味しい
と評価されることが多い、
という説明がありました。
酒造や加工で評価される理由も同じだった
この話は、
酒造りの例を通しても説明されていました。
酒米にタンパク質が多いと、
雑味が出やすくなるため、
より多く削る必要があります。
一方、
タンパク含量の低い米は、
- 雑味が少なく
- 仕上がりがきれい
になるため、
酒造に適しているとされています。
自然栽培米が、
酒や味噌、醤油といった加工品で
高く評価される理由は、
この点とも重なっているように感じました。
野菜は「甘味・旨味・酸味」が増える傾向
野菜についても、
興味深い比較データが紹介されていました。
同じ品種の野菜を、
栽培方法だけ変えて育てた場合、
- グルコース(甘味)
- グルタミン酸(旨味)
- リンゴ酸(酸味)
といった成分が、
自然栽培の方で高くなる傾向が見られた、
という結果です。
なぜそうなるのかについては、
明確な結論は出ていないものの、
- 無肥料という環境が
- 作物自身の代謝のあり方を変えている可能性
が示唆されていました。
ここでも重要なのは、
「だから絶対に美味しくなる」と断定するのではなく、
そういう傾向がデータとして確認されている
という整理でした。
果樹でも同じ傾向が見られていた
果樹、特にリンゴの例でも、
自然栽培と慣行栽培の比較が紹介されていました。
自然栽培のリンゴでは、
- 果実重はやや小さくなる
- スクロースが減り
- グルコースが増える
- 抗酸化能が高い
といった特徴が見られたそうです。
甘さの質が変わり、
「身体にすっと入ってくる味」
と表現される理由も、
このあたりにあるのかもしれません。
「美味しさ」は、結果として現れている
印象的だったのは、
セミナー全体を通して、
美味しくしようとして、
美味しくしているわけではない
というスタンスが一貫していたことです。
- 微生物の循環を整え
- 作物が無理なく育つ環境をつくった結果として
- 食味や品質が変わっている
という位置づけでした。
つまり、美味しさは、
目的ではなく結果 として現れている、
という捉え方です。
次に考えたいのは「この価値は、どこまで広がるのか」
ここまで見てくると、
自然栽培の作物が評価される理由は、
単なるイメージや雰囲気ではなく、
一定の裏付けを持っていることがわかります。
では、この価値は、
- 一部のこだわり層に限られるのか
- それとも、農業全体の選択肢になり得るのか
次章では、
慣行栽培が抱える構造的な課題と対比しながら、
自然栽培が農業の未来になり得るのか
という問いについて、考えていきます。
ここからは、
技術や品質の話を越えて、
社会全体の中での位置づけへと視点を広げていきます。
自然栽培は、農業の未来になり得るのか
ここまでの章では、
自然栽培について、
- 土壌の循環という技術的な側面
- 現場での実践事例
- 経営として成立している理由
- 食味や品質という付加価値
を順に見てきました。
それらを踏まえたとき、
自然と浮かんでくるのが、
自然栽培は、農業の未来になり得るのか
という問いです。
慣行栽培が抱えている現実
セミナーでは、
まず現在の稲作を中心とした
慣行栽培の厳しい現実が示されていました。
- 米の取引価格は長期的に低迷
- 多くの年で、収支は赤字
- 高額な機械更新が必要
- 後継者不足と高齢化
数字で見ると、
米作りが「続けにくい産業」になっていることは、
否定しづらい状況だと感じます。
一時的な価格高騰があっても、
それが長期的な安心材料になるとは限りません。
自然栽培が示している、もう一つの構造
一方で、
自然栽培の事例や試算から見えてきたのは、
慣行栽培とは異なる経営構造でした。
- 生産コストがやや低い
- 価格が高く評価される
- 収量が多少低くても黒字化しやすい
- 規模が広がるほど収益性が高まる可能性
特に印象的だったのは、
損益分岐点が低い という点です。
赤字になりにくい構造は、
農業を続けるうえで、
非常に大きな意味を持つように感じます。
「誰でもできる」わけではない
ただし、
ここで一つ大切なのは、
自然栽培を万能な解決策として扱わないことだと思います。
セミナーでも、
- 技術理解が必要であること
- 初期段階では工夫と試行錯誤が欠かせないこと
- すぐに高収量・高収益になるわけではないこと
が、繰り返し示されていました。
自然栽培は、
楽な近道ではありません。
むしろ、
理解して
時間をかけて
循環を育てていく
という、
ある意味で地道な農業です。
それでも「選択肢」になり得る理由
それでもなお、
自然栽培が未来の農業の一つの形になり得ると感じたのは、
次の点でした。
- 付加価値によって薄利多売に陥らない
- 国内だけでなく、加工や輸出の可能性がある
- 新規就農者や移住と結びつく余地がある
- 後継者不足という課題に、別の角度から向き合える
自然栽培は、
すべての農家が一斉に切り替えるものではなく、
「もう一つの現実的な選択肢」
として位置づけるのが、しっくりくるように思います。
未来かどうかは「これからの積み重ね次第」
セミナーの中では、
- 技術が広まり始めたのは2010年頃
- 理論と技術が整理されてきたのは2020年以降
という時間軸も示されていました。
まだ歴史は浅く、
発展途上であることは間違いありません。
裏を返せば、
- 伸びしろがあり
- 改善の余地があり
- これから形が洗練されていく段階
とも言えます。
自然栽培が農業の未来になるかどうかは、
すでに決まっている答えではなく、
これからの実践と理解の積み重ねによって形づくられていくもの
なのだと感じました。
次の最終章では、
ここまで第11回のセミナーを通して感じたことを、
もちまる個人の視点として、
少し整理してみたいと思います。
技術や数字から一歩引いたところで、
この回をどう受け止めたのかを、
静かに言葉にしていきます。
もちまるの感じたこと(個人的感想として)
第11回のセミナーを通して感じたのは、
自然栽培という取り組みが、
ようやく「続けられる農業」として、
自分の中で一つの形にまとまった、ということでした。
これまでのセミナーでは、
無肥料でも作物が育つ理由や、
土壌の中で起きている循環の仕組みを、
窒素や微生物といった視点から少しずつ学んできました。
第11回は、それらの理解を一度整理したうえで、
次のような問いに向き合う回だったように感じています。
それは、
自然栽培は現実の農業として成り立つのか
という問いです。
数字で語られていたことの重み
印象に残ったのは、
自然栽培が理想論や思想として語られるのではなく、
収量・コスト・価格 といった数字を通して、
かなり現実的な目線で整理されていた点でした。
特に、
- 本当に仕事として続けられるのか
- 経営として成立するのか
- 赤字にならない構造があるのか
といった、
避けて通れない部分に正面から触れていたことが、
これまでの回とは少し違う印象を残しました。
自分の中にあった「距離感」
正直なところ、
自分の中にはこれまで、
- 自然栽培は一部の人がやる特別な農法
- 理屈は分かるが、現実とは少し距離がある
- 時間も手間もかかりそう
といったイメージが、
どこかにあったように思います。
難しそうで、
理解するには面白いけれど、
自分の生活や現実の農業とは、
少し別の世界の話として捉えていました。
印象が変わった理由
それが今回、
セミナーの内容を通して、
次のように感じるようになりました。
- 条件や前提をきちんと理解すれば
- すぐではなくても、時間をかければ
- 現実の選択肢になり得る農業なのかもしれない
もちろん、
簡単に結果が出るわけではない
誰にでも向いているわけではない
という前提は変わりません。
それでも、
「理想だから続いている」のではなく、
構造として成り立っているから続いている現場がある
という事実は、とても大きいと感じました。
第11回までで見えてきた自然栽培の強み
第11回までを通して、
自然栽培の強みも、かなり整理されたように思います。
個人的には、次の二つが特に大きいと感じました。
- 付加価値が高く、薄利多売になりにくいこと
- 生産コストが比較的低く、赤字になりにくい構造を持っていること
この二つが重なることで、
経営としての持続性が生まれている。
そのことが、
数字や事例を通して、実感として伝わってきました。
第11回は「区切りの回」だった
第11回は、
自然栽培を
仕組みとして理解する段階
から
現実の農業として考える段階
へ進むための、
一つの区切りになる回だったように思います。
自然栽培は、
特別な魔法の農法ではなく、
循環を理解し、時間をかけて育てていく農業。
その位置づけが、
自分の中でかなり整理されました。
この回を終えて
この回を終えて、
自然栽培は、
- やるか/やらないか
という極端な二択ではなく、 - 理解したうえで検討する価値のある選択肢
として、自分の中に残っています。
それが、
第11回セミナーを通して得られた、
いちばん大きな収穫だったと感じています。
▶ 次回レポート
第12回「水田ではどう扱う?自然栽培の技術を学んだ日」
第11回では、
自然栽培が経営として成り立つのか、という視点から、
- 日本農業の現状と収益構造
- 自然栽培と慣行栽培のコストの違い
- 収量と価格を踏まえた収益シミュレーション
- 自然栽培米の販売実態と付加価値
- 規模や加工適性が収益に与える影響
といった点を手がかりに、
自然栽培を「続けられる農業」として捉え直しました。前回の内容を通して、
自然栽培は思想や理想だけで語られるものではなく、
条件がそろえば、
現実の農業として成立し得る可能性があることが、
少しずつ見えてきました。では、
その可能性が見えてきたとして、
次に考えたくなるのは、
実際の現場では、どのように技術として扱われているのか
という点ではないでしょうか。次回・第12回では、
これまで学んできた理論や仕組みを前提に、
- 水田という環境で
- 自然栽培の考え方を
- どの条件に注目して技術として整理するのか
という視点から、
水田自然栽培の具体的な技術の扱い方が紹介されました。自然栽培の学びが、
理論から実践を見据えた「技術の話」へと
一段階進んでいく回です。▶ 第12回のレポートを読む
https://sanseitohow.com/natural-farming-paddy-field-technique-12/


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